2015年9月の記事一覧

戦争と数学

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数学月間SGK通信 [2015.09.22] No.082
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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戦争法案が多くの世論を無視して強引に可決してしまいました.
本来,違憲である法案が国会に出されること自体あり得ないことですし,
国会の議論でもまともな答弁がなされていないことは誰の目にも明らかです.
政府の宣伝機関になったNHK始め大手メディアの罪はたいへんに重い.
さて,翁長沖縄県知事の国連人権理事会で演説に期待しよう.大手メディアの世論操作に負けてはならない.
イギリスで投獄を覚悟してインドの独立を主張したガンジーの姿が重なって見えます.
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戦時中の“科学朝日(1944年3月号)”に,「特集・戦争と数学」があります.
この特集号には,多くの著名な数学者が寄稿しており大変興味深い.
その中で,巻頭の弥永昌吉先生の論説が群を抜いており,言論も不自由であったろう戦時下に,
実に立派な意見を展開しておられます.
さらに,数学月間の考え方と同じ所も見受けられ我が意を得たりの感があります.
まず,弥永論説(対話形式)の概略を紹介します.

1年くらい前から始まった戦時下の米国の数学動員(米数学協会の記事の記憶)が紹介されます.
遅ればせながら日本でもこのような動きが始まっています.
米国の数学動員
委員長(モース)の下に6つの委員会がある
1.工業技術,2.航空力学,3.弾道学(ノイマン),4.確率統計,5.計算法,6.暗号解読
1は数学と工業の連携強化,2,3は微分方程式,高射砲の照準や電波兵器の数学,4は大量生産管理,5は計算機.
ーーーー以下抜粋-----
■数学は魔術ではなく,合理的なものの中でも最も合理的なものですから,使い方も合理的でなくてはなりません.
この際,数学者の側で,数学を使えば何も彼も容易にできるというようなことを言いふらしたり,
まだ十分の研究を積まないのに現場の人たちのやり方が悪いと言ったりするようなことは一番いけないと思います.
ーーーーーーー
■大和魂が第一でも,それだけでは戦争に勝てないことがだんだんわかってきて,科学研究の動員が必要になった.
第一次大戦では「化学」,第二次大戦では「物理」→「数学」が必要だ.
米の他,ソ連,独,伊でも同様な数学動員の状況がある.
ソ連は,コルモゴロフ(確率の基礎)飛行機の乱流,ヴィノグラドフ(整数論)などがスターリン科学賞を受賞した.
ドイツからは,開所したばかりの米プリンストン研究所などに科学者が流出しており,
米国に最も豊富な人材が集まっている.
ーーーーーーー
■学問としてお留守にならず,その品位を下げぬような動員の仕方をすることが,戦争に勝つ道であると信じる.
日本では,それぞれの分野が功を急いだせいかも知れませんが,
学問が専門化しすぎて,それぞれ孤立化する危険がある.
この機会に横の結びつきが強化されるのは良いことだ.お互いに学問の理解を深め,
基礎理論の整備進展,新理論の展開という方向へ導かれれば日本の学問全体にとってもこんな有り難いことはない.
ーーーーー
■問題解決のためにも,数学では個々の小さな問題をそれぞれに突っつくよりも,
根本的なところまで遡って考えた方が,大きな成功を収めることがよくあるのです.
この戦争のために,目先のことばかりを考えてよいのでしょうか.
長期建設戦」ともなれば,文化が直接ものを言うことがますます多くなりましょう.
世界中のだれが見ても頭を下げるような高い立派な文化を我々が戦いつつ築きあげて行くことがぜひとも必要です.
この頃,この点について偏執な,浅慮短見の説をなす人があるのを慨いて,
渡辺慧さんはそれを「文化的敗北主義」と言っている.

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082_戦争と数学☆

戦争法案を多くの世論を無視して強引に可決してしまいました.
本来,違憲である法案が国会に出されること自体あり得ないことですし,
国会の議論でもまともな答弁がなされていないことは誰の目にも明らかです.
政府の宣伝機関になったNHK始め大手メディアの罪はたいへんに重い.
さて,翁長沖縄県知事の国連人権理事会で演説に期待しよう.
大手メディアの世論操作に負けてはならない.
イギリスで投獄を覚悟してインドの独立を主張したガンジーの姿が重なって見えます.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■戦争と数学
戦時中の“科学朝日(1944年3月号)”に,「特集・戦争と数学」があります.
この特集号には,多くの著名な数学者が寄稿しており大変興味深い.その中で,巻頭の弥永昌吉先生の論説が群を抜いており,言論も不自由であったろう戦時下に,実に立派な意見を展開しておられます.さらに,数学月間の考え方と同じ所も見受けられ我が意を得たりの感があります.まず,弥永論説(対話形式)の概略を紹介します.

1年くらい前(1943年)から始まった戦時下の米国の数学動員(米数学協会の記事の記憶)が紹介されます.遅ればせながら日本でもこのような動きが始まっています.
米国の数学動員
委員長(モース)の下に6つの委員会がある
1.工業技術,2.航空力学,3.弾道学(ノイマン*),4.確率統計,5.計算法,6.暗号解読
1は数学と工業の連携強化,2,3は微分方程式,高射砲の照準や電波兵器の数学,4は大量生産管理,5は計算機.
ーーーー以下弥永論説からの抜粋-----
■数学は魔術ではなく,合理的なものの中でも最も合理的なものですから,使い方も合理的でなくてはなりません.この際,数学者の側で,数学を使えば何も彼も容易にできるというようなことを言いふらしたり,まだ十分の研究を積まないのに現場の人たちのやり方が悪いと言ったりするようなことは一番いけないと思います.
ーーーーーーー
■大和魂が第一でも,それだけでは戦争に勝てないことがだんだんわかってきて,科学研究の動員が必要になった.第一次大戦では「化学」,第二次大戦では「物理」→「数学」が必要だ.米の他,ソ連,独,伊でも同様な数学動員の状況がある.
ソ連は,コルモゴロフ(確率の基礎)飛行機の乱流,ヴィノグラドフ(整数論)などがスターリン科学賞を受賞した.ドイツからは,開所したばかりの米プリンストン研究所などに科学者が流出しており,米国に最も豊富な人材が集まっている.
ーーーーーーー
■学問としてお留守にならず,その品位を下げぬような動員の仕方をすることが,戦争に勝つ道であると信じる.
日本では,それぞれの分野が功を急いだせいかも知れませんが,学問が専門化しすぎて,それぞれ孤立化する危険がある.この機会に横の結びつきが強化されるのは良いことだ.お互いに学問の理解を深め,基礎理論の整備進展,新理論の展開という方向へ導かれれば日本の学問全体にとってもこんな有り難いことはない.
ーーーーー
■問題解決のためにも,数学では個々の小さな問題をそれぞれに突っつくよりも,根本的なところまで遡って考えた方が,大きな成功を収めることがよくあるのです.
この戦争のために,目先のことばかりを考えてよいのでしょうか.
長期建設戦」ともなれば,文化が直接ものを言うことがますます多くなりましょう.世界中のだれが見ても頭を下げるような高い立派な文化を我々が戦いつつ築きあげて行くことがぜひとも必要です.この頃,この点について偏執な,浅慮短見の説をなす人があるのを慨いて,渡辺慧**さんはそれを「文化的敗北主義」と言っている.

*ノイマンはゲームの理論で有名になった若手でした.ドイツから米プリンストン研究所に多くの科学者が流出しました.そのうちの一人です.
**理論物理学者

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使用済核燃料は1億倍の放射能

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数学月間SGK通信 [2015.09.15] No.081
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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前号では,周期律表113番目の元素発見の話をしました.
今回は,原子番号96番のアメリシウムの話です.
原子番号92のU(ウラン)より大きい原子番号の元素(超ウラン元素)は天然には存在せず,
原子炉や原爆で人工的に生成された放射性の核種です.
これらの元素が我々の環境で検出されたなら,
原爆実験や原発事故や使用済核燃料の再処理などで排出されたものです.
これらの元素は大変不安定で,α線やβ線やγ線や中性子を放出して他の元素に姿を変えます.
超ウラン元素は,93番Np(ネプツニウム),94番Pu(プルトニウム),
95番Cm(キュリウム),96番Am(アメリシウム),の順で発見されました.
キュリウムやアメリシウムはマンハッタン計画(1944年)で発見されましたが,
発表されたのは1945年11月のことです.アメリシウムの中にも多くの核種がありますが,
質量数241のAm(アメリシウム)は,α線(5.4MeV),γ線(60keV)を放出して,
質量数237のNp(ネプツニウム)に変わります(半減期433年).
 241Am → 237Np +α +γ
さてアメリシウムはどのようにして生まれるのでしょうか.
稼働中の原子炉では,核燃料中の238Uは中性子を取り込み239Puに変わります.
生まれた239Puは,また中性子を取り込み241Puに変わり,これはβ線を出して241Amに変わります.
239Pu(2.41万年)+2n → 241Pu(14.4年)→ 241Am +β

電気出力100万kWの軽水炉を2年間運転すると,使用済核燃料には1トン当たり,
アメリシウムが5g(放射能強度0.65×10^12Bq)含まれます.
奇妙に思えるでしょうが,原子炉から取り出した使用済核燃料の中で,
時間の経過とともにアメリシウム量が増えます.10年後に40g(放射能強度5.2×10^12Bq),
100年後には93g(放射能強度12×10^12Bq)という具合です.
使用済核燃料中には,核分裂生成物としてプルトニウムやアメリシウムを始め,
数百種類の放射性核種が生まれています.
使用済核燃料は,未使用の核燃料の1億倍もの放射能強度になり手に負えません.
だから原発を再稼働させてはいけないのです.
http://www.cnic.jp/knowledge/2611

原子力発電によって生み出される放射性物質は,「死の灰」あるいは「高レベル放射性廃棄物」と呼ばれます.
未使用燃料(1トン) ーーーーー→ 使用済燃料(1トン)
U-235(45kg)            U-235(10kg)
U-238(955kg)           U-236(6kg)
                核分裂生成物(46kg)
                プルトニウム(10kg)
                その他超ウラン核種(1kg)
                U-234(0.2kg)
               U-238(926kg)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~genkoku/kohza-002.htm

■アメリシウムの性質
Amは空気中で表面が酸化されAm2O3となり,また塩酸に容易に溶けます.
アメリシウムは,α線とγ線を放出するが,人体影響では,α線による内部被曝が怖い.
アメリシウムからのγ線のエネルギーは60keVでγ線としては低エネルギーの部類です.
ただし,人体影響では細胞に吸収されるエネルギーが細胞にダメージを与えるので,
低エネルギーの方が吸収されやすいということもあり,安全というわけではありません.

■核燃料中のアメリシウム-241
プルトニウムを核燃料として用いる立場からは,プルトニウム-241の核分裂に必要な遅い中性子を,
アメリシウム-241が無駄食いするので,核燃料中の阻害物です.
再処理によって分離したプルトニウムを核燃料として用いる場合には,
アメリシウム-241の量が増加しないうちに,核燃料として用いる必要があります.
http://www.cnic.jp/knowledge/2611

■川内原発
九州電力川内原発1号機が営業運転に移行し,川内2号機も炉心への燃料装荷が
11日から始まり13日朝に完了しました.10月中旬の再稼働を目指しています.
川内原発の1号機,2号機とも,軽水減速・加圧水型PWRで,出力89万kWで,
低濃縮(U-235が4~5%)二酸化ウラン(72トン/年)を使用します.
http://www.kyuden.co.jp/sendai_outline_index.html

ウラン燃料は,ペレットの型(直径8mm×10mm)で,ペレットを350個程度積み上げて棒状にした
燃料棒(長さ4m)を17×17あるいは15×15本まとめて燃料集合体(20cm角程度)を作る.
ただし,PWRの場合には制御棒クラスタや炉内計測用の案内管もあるので,集合体に燃料棒の入らない位置がある.
川内原発1号機,2号機ともにこのような燃料集合体が157体装荷された.
(注)沸騰水型BWRの原発の燃料は,燃料棒を9X9にまとめ燃料集合体として原子炉に装荷する.
制御棒の入る位置は燃料集合体の間になる.
http://www.nfi.co.jp/product/prod02.html

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周期律表113番目の元素

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数学月間SGK通信 [2015.09.08] No.080
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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ウラン(原子番号92)より重い元素は,天然には無く人工的な手段でのみ得られる.
ウンウントリウムは原子番号113の元素だが,まだ認定されていない(元素の名称も仮のもの).
理研・森田らは,線形加速器で亜鉛原子核をビスマス原子核に打ち込んで生じた不安定な元素が,
α崩壊する過程でウンウントリウムが存在することを発見した.2004年7月のことだ.
ウンウントリウムは,0.667msでα崩壊し次の元素へ姿を変える.次々とα崩壊が続き,
結局6回姿を変え135秒で101Md(メンデレビウム)に変わる.
http://www.riken.jp/pr/press/2012/20120927/
このようなウンウントリウムの詳細な崩壊経路をきちんと調べ上げた(2012年までかかっている)ので,
森田ら(理研)に,近々この元素の命名権が与えられるのではないかと思う.
しかしながら,2004年2月に,ロシアと米国のチームは、
カルシウムとアメリシウムの核融合で現れた元素115のα崩壊過程で0.48秒間113番元素を観測したと発表しており,
最初の発見者であると主張している.
https://www.youtube.com/watch?v=giuZaoxeKtY&feature=share

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サイエンスzero批判

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数学月間SGK通信 [2015.09.01] No.079
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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電波干渉計の観測データから,ブラックホールの像を求める話題を
メルマガNo.070_統計数理研オープンハウス で取り上げたことがある.
ここで用いられるスパースモデリングという手法はとても興味深いので,
NHKのサイエンスzero再放送(2015年8月23日)の
「情報科学の名探偵!魔法の数式 スパースモデリング」を楽しみに視聴した.
この題名は,ばかにおどろおどろしい.
「魔法の数式」とか実に持ってまわった言い方で嫌な予感がしたが,
案の定,題名も題名だが内容にも失望した.
番組中で,E(x)=||y-Ax||^2+λΣ|x_i|という式が何度も瞬間的に表示されるのだが,
この式をまともに説明する気は全く無い.実に視聴者をバカにしたプログラムで腹が立った.
この式自体は,測定した信号から画像をどのように推定するかの計算式で,
この式がどのようなことをするのか,素人にわかるように説明するのは
そんなに手間でもないし高度なことでもない.決して魔法の数式でもない.
それにもかかわらず魔法の呪文(ブラックボックス)のよう何度も表示される.
数学を魔法のように扱うのは,何の意味もない.
サイエンスカッフェなどで良くあることだが,結果ばかり紹介し手法の説明がない.
どのような考え方で得た結果なのか手法が納得できなければ,その結果を受け入れることはできない.
詳細な数式を説明されても困るが,素人相手だからこそ式の心を言葉で説明すべきであろう.
そのような努力を全くしない専門家は多いのだが,
特に,今回のサイエンスzeroの番組作りは踏み込みが全く足りない.大いに不満である.
ただし,今回の番組で良かった点にも触れておこう.
スパースモデリングがいろいろな分野で応用されていることが紹介され,
特にMRIの測定では,ほぼ同じ解像度の画像が1/3の測定時間で得られる例は興味深かった.

腹立ちついでに脱線し,物分かりの良すぎる国民に苦言を呈しておこう.
なぜ原発が必要なのか,戦争法案が必要なのか全く理解に苦しむ.
物分かりの良いふりは止めてわからないことはわからないと正直に言おう.
子供電話相談室を聞いていると,一寸違うんじゃないかな,本質の説明ではないなと思うことが多い.
「わかりません」「なぜですか」とさらに訊ねろとイライラしながら聞いているが,
子供は「なるほど」とか「判りました」とか答えている.どうして納得したふりをするのか
私はこういう予定調和は大嫌いだ.このような同調の習慣がいじめの温床であると思う.

■さて,サイエンスzeroでは説明されなかったが,私の理解している範囲で以下の数式を解説しておこう.
E(x)=||y-Ax||^2+λΣ|x_i|
yは観測データでxは得られた画像.評価関数E(x)が最小となるように画像が推定されるのだ.
右辺の第1項は最小二乗法であり,第2項は得られた画像のノルムである.
第1項の最小二乗法は元画像とフィルタを通した復元画像の誤差を最小にする画像処理でもよく使われる.
x線を観測しブラックホールの像を得る例では,AはFourier変換で,
像xのFourier変換が観測値yになるべきだから,両者の2乗誤差が最小になるところで落ち着く.
さて式全体の形をみれば,ラグランジュの未定乗数法を思い浮かべる方もいるだろう.
そうです.得られた像のノルムΣ|x_i|を最小にする条件下で,
最小二乗法を満たす解xを求めようとしている式にほかなりません.
スパースモデリングは新しい分野で,私は全く素人ですが,
像xは至る所ゼロの疎(スパース)行列だということから,そう呼ばれるのでしょう.

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