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十年目の数学月間記念号

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数学月間SGK通信 [2015.07.21] No.073
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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数学月間(=数学と社会の架け橋)は今年で十年目になりました.
7月22日~8月22日を数学月間とすることは,2005年に日本数学協会が提唱しました.
この期間は,数学の土台となる2つの重要な定数
(円周率)π=3.14・・・≒22/7と(自然対数の底)e=2.71・・・・≒22/8に因みます.
数学月間の会SGKは,月間初日の7月22日に「数学月間懇話会」を開催しています.

(注)今年の数学月間懇話会の案内は文末にあります.

我々は,この期間に各地で数学を楽しむイベントが盛んになるよう応援しています.
皆様の周りに数学イベントの情報などありましたらお知らせください.
SGK通信に掲載し連携イベントとして広報いたします.

漢字が読めないのは恥だが,数学なんて知らなくても構わないと思っていませんか.
数学は浮世離れしたものではありません.我々の社会は至る所で数学に支えられています.
数学月間は,“社会が数学を知るとともに,逆に数学が社会のニーズを知る”機会でもあります.
数学月間懇話会では,色々な分野で活躍する数学を鑑賞したり,
数学が生まれた現場に立ち戻りその生い立ちを観賞します.
完成された抽象数学は巨大山脈のようで,一般人には近寄りがたく感じるのものですが,
このように数学を見ることで共感できるのではないでしょうか.

我々の数学月間の手本となった米国の数学月間(スタート時は週間)の原点
“レーガン宣言(1986年)”を,以下に掲載します.今読んでも味わい深く格調高いものです.
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アメリカ合衆国大統領による宣言5461----
 「国家的数学認識週間」1986年4月17日

宣言(National Mathematics Awareness Week)

 およそ5000年前、エジプトやメソポタミアで始まった数学的英知は、科学・通商・芸術発展の重要な要素である。
ピタゴラスの定理からゲオルグ・カントールの集合論に至る迄、目覚ましい進歩を遂げ、
さらに、コンピュータ時代到来で、我々の発展するハイテク社会にとって、数学的知識と理論は、益々本質的になった。
 社会と経済の進歩にとって、数学が益々重要であるにも拘わらず、数学に関する学課が、
米国教育システムのすべての段階で低下する傾向にある。
しかし、依然として、数学の応用が、医薬、コンビュータ・サイエンス、宇宙探究、ハイテク商業、
ビジネス、防衛や行政などの様々な分野で不可欠である。
数学の研究と応用を奨励するために、すべてのアメリカ人が、日常生活において、
この科学の基礎分野の重要性を想起する事が肝要である。
 上院の共同決議261で、国会が1986年4月14日から4月20日の週を、国家的な数学認識週間として制定し、
この行事に注目する宣言を出す事を大統領に要請した。
 今日、アメリカ大統領、私、ロナルド・レーガンは、1986年4月14日から4月20日の週を
国家的数学認識週間とする事を、ここに宣言する。私は、すべてのアメリカ人に対して、
合衆国における数学と数学的教育の重要性を実証する適切な行事や活動に参加する事を勧告する。
その証拠として、アメリカ合衆国の独立から210年の西暦1986年の4月17日、ここに署名する。
ロナルド・レーガン(Ronald Reagan)

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新国立競技場のキールアーチ

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数学月間SGK通信 [2015.07.14] No.072
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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ここでは,新国立競技場のキールアーチの不都合な力学についてのみ論評します.
その莫大な予算と環境破壊が不評な新国立競技場問題では,
発注前に設計図面の確定があったか,合意形成に必要な情報公開があったのか,
何処の誰が決定責任者なのか,全く見えないプロセスが最大の問題点ではあります.
工期がないと言ってはなし崩しに進めて行くやり口には,もう散々です.
以下の為末氏のブログの意見は全くの正論だと思います.
http://tamesue.jp/20150710/
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キール(竜骨)とは,船の船首から船底を通って船尾に至る鉄骨の背骨のことです.
新国立競技場の設計(ザハ案)には,巨大なキールアーチが2本使われています.
1本500億円かかると言われています.http://togetter.com/li/841805
この構造の問題点は,以下で評論されています.
http://ameblo.jp/mori-arch-econo/entry-11873045351.html

アーチの形は, http://blogs.yahoo.co.jp/tanidr/16586546.html で述べたことがあります.
アーチの曲線は,上下ひっくり返すと懸垂曲線と同じ形です.
中心から曲線に沿って測った距離をs,その点の曲線の接線の傾きをθとすると,
tanθ/s=一定 の関係があることをそこで説明しました.
アーチの形は,曲線内部の全ての位置で圧縮応力でつりあっているのが特徴で,
大きな荷重を支えることができます.
しかし,あまりにも曲率の大きい平べったいアーチになるとポッキリ折れそうな気がしませんか.
圧縮応力よりもせん断応力の方が圧倒的に優勢になってしまいますからね.

アーチは最終的に,両側の接地点にすべての荷重がかかります.
370mのキールアーチ1本の重量は3万トンと言われていますので,
両端の各接地点はW=1.5万トンの重量に耐えねばなりません.
アーチの頂上の高さをどれくらいに抑えるかによりますが,
ザハ案のデザインのように低く抑えたい(大きな曲率にしたいなら)接地点の傾きθ0が小さくなりますから,
接地点での水平分力W・sinθ0は大きくなります(θ0=30°なら,1.3万トン).
アーチ橋の所で述べたように,アーチ橋の根元には大きな水平抗力が必要で,
両側が山に挟まれた峡谷などは,アーチ橋に適した立地条件です.しかし,
新国立競技場の場合は平地なので,アーチの根元の外側からガッチリ固定したい所ですが,
地下に地下鉄大江戸線があるのでできそうにありません.
そこでアーチ端の内側同志を鋼材で引っ張る(アーチを弓とすると弦のように引っ張る)ことにする.
この鋼材は両側から引っ張られますから,2.6万トン重ほどの大きな張力になります.
軟な鋼材では耐えられませんね.
ちなみに,コンクリートは圧縮には強いが引っ張りには弱い.
鉄筋コンクリートの鉄筋はコンクリートの引っ張り強度をカバーするために入れるのです.
アーチは圧縮力に強いコンクリートが使えますが,キールアーチでは使えません.
いろいろ補助手段を工夫するでしょうが,合理的な設計ではないので工夫のし甲斐がないでしょう.

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地震(べき乗則)と被害(原発事故)

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数学月間SGK通信 [2015.07.07] No.071
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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この所,雨の日が続いています.皆様如何お過ごしでしょうか.
7月22日は数学月間懇話会を開催しま.どうぞお出かけください.

昨年(2014年7月22日)の数学月間懇話会の話題の一つに,
中西達夫さんの「スパゲッティを巡る旅」がありました.
これはスパゲッティを適当に砕くと,破片の長さ分布がどのようなものになるかという興味ある実験でした.
興味おありの方は,「数学文化」第21号をご覧ください.このとき観察される「べき乗則」は,
社会の関心事の一つである「地震」にも関係があります.

この地震のテーマは,メルマガNo.031('14/09/30発行)で,
複雑系(原発)の事故雪崩のテーマは,メルマガNo.006('14/05/15発行)で,
取り上げたことがあります.

地震のマグニチュードMは,エネルギーの対数です.マグニチュードを決めるのにリヒターが発案した当初の定義は
便宜的なものでしたが,現在ではもっと理屈に合ったモーメント・マグニチュードが採用されています.
(注)震度というのはその地の揺れ(加速度[ガル])の程度の段階です.
地震で解放されたエネルギーは,生じた断層面の面積×平均変位×地層の剛性の積です
(大雑把にいえば生じた断層の長さに比例します).
生じた断層の長さが長い方が解放されたエネルギーは大きいし,
地層の剛性が大きいほど大きな歪エネルギーが蓄えられます.
これらを踏まえ,起こりうる地震の最大エネルギーを見積もるとM9.5程度と考えられています
(1960年のチリ地震ではM9.5が観測されている).

地震のマグニチュードMと発生頻度(回/年)nの間にn=10^{a-bM}の関係があるのを,
グーテンベルクとリヒターが発見しました.a, bはその地域の地層の剛性などを表す定数で,
b≒1ですので,地震のマグニチュードが1つ大きくなるごとに,地震の回数は1/10に減ります.
ゆえに,これを「べき乗則」とも言います.

地震では多く発生するマグニチュードというものがありません(正規分布ではない).
大きな地震ほど少なくなりますが,M9あたりも起こり得る.そんな巨大な地震に見舞われたなら壊滅的です.
地震被害の低減対策は,被害のコスト(Mの関数)×発生確率(Mの関数)を小さく抑えることです.
従って,頻度は小さいけれど致命的な被害を惹起する巨大地震に対して,
被害が最小となるように備える必要があります.広域の汚染と何十年では済まない年月を要する
原発事故の被害コストは致命的です.原発の再稼働は止めましょう.

クリーン・ルームのチリのサイズ分布も「べき乗則」だと言われています.
もし正規分布のように頻度の高いサイズがあるなら,
そのサイズのチリの発生に特化した対策ができるのですが,「べき乗則」では特別な対策は困難です.
でもこの場合は,大きなサイズのチリが桁外れに大きな被害コストを与えると言う訳でもありません.

中西氏の実験したスパゲッティやクラッカーのほかに,分布関数を求める実験には色々あります.
凍ったジャガイモを投げて砕き,破片のサイズ分布を調べた人(南デンマーク大,1993年)などもいます.
ここでも「べき乗則」が確認されました.

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統計数理研究所オープンハウスの話題

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数学月間SGK通信 [2015.06.30] No.070
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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6月も末になりました.今年は梅雨らしい雨がありません.
皆様の方は如何でしょうか.いよいよ数学月間(7/22~8/22)
の月になりますね.
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6月19日に統計数理研究所のオープンハウスがありました.
(統計数理研究所は立川にあります)
統計数理研究所には,
モデリング研究系,データ科学研究系,数理・推論研究系
の3つの系があり,各系にはそれぞれ3つのグループがあります.
オープンハウスでは,100件に近いポスター展示
(大学院生のポスター発表も27件含まれる)がありました.
午後は,「統計よろず相談室」や講演などがありこれも人気でした.
ポスターで興味深かったテーマを一つだけ紹介します.
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電波干渉計の新たなイメージング法について,池田思朗准教授ほか

電波望遠鏡(アンテナ)を地球規模で複数個配置し,
各アンテナで受信する信号の相関処理をして,一つの仮想的な
巨大望遠鏡としたものを電波干渉計と呼ぶそうだ.
受光電波はcmオーダーのミリ波らしい.

(注)
* ALMA望遠鏡(チリ共和国北部にあるアタカマ砂漠の標高約5000メートル
の高原に建設される)は,66台以上の電波望遠鏡を並べ,
これらの受信データを組み合わせて一つの巨大な仮想望遠鏡とする.

* 赤外線に近い電波を「サブミリ波」波長=1~0.1mm,周波数=300GHz~3THz
少し波長が長い電波を「ミリ波」波長=10~1mm,周波数=30GHz~300GHz

ブラック・ホールからは光が来ないと思っていたが,
ブラック・ホールの口で生じるプラズマから光(電波)が来るそうだ.
この光を受光して,光源の像を得ると円環状で,
ブラック・ホールの穴の形が見えるらしい.

これは宇宙オーダーの話だが,物質からのX線散乱を観測して
物質の原子的構造(nmオーダー)を見る話と非常に似ている.
そこで,私になじみのある結晶の例で理解を試みようと思う.
結晶(物体)ρ(r)からでる散乱X線F(R)は,Fourier変換の関係にあり
F(R)=W・ρ(r), ここで,WはFourier変換の演算行列.
もし,F(R)がわかれば,逆変換ρ(r)=W^-1・F(R)で,
ρ(r)が求められる.しかし,実際に観測できるのは,
複素数F(R)の大きさ|F(R)|のみで,位相はわからない.
だから,位相の推定法が,結晶学の主要な課題になっている.
位相推定には,逆空間をNyquist周波数以上でサンプリングする
オーバーサンプリングの測定も最近やられるようになった.

(注)
* 我々のいる観測空間は,物体ρ(r)のFourier変換スペクトルF(R)
の観測をするので,逆空間(R-空間)と呼ばれる.
これに対し,物体のある空間を実空間(r-空間)と呼ぶ.

宇宙からの電波の受光では,位相は計測できるようだ.
問題は,受光アンテナを乗せている地球が,
観測空間(逆空間)内の限られた軌道上を動く(自転や公転)だけなので,
限られた逆空間のデータしか観測できないところにあるらしい.

位相はわかるにしても,圧倒的に狭い逆空間内の観測データだけから,
逆Fourier変換で光源の形を求める課題である.
つまり,F(R)を観測できずに,圧倒的にゼロの多い2次元行列Fo(R)
しか得られず,この2次元行列を逆Fourier変換し,
光源のイメージ(2次元画像)を得なければならない.
おそらく,観測スペクトルFo(R)とモデルイメージのFourier変換像W・ρ(r)
との差||Fo(R)-W・ρ(r)||が最小となるように最小2乗法でρ(r)を求める
と同時に,観測できなかった範囲の逆空間の推定値も決まるのだろう.
もしかして,このプロセスで,光源の中心対称性などの光源の形に関する
何らかの束縛条件を仮定して推定を進めるのかもしれない?

(注意)この解説は私の推測を補っています.
発表内容の詳細を全部把握したわけでないので
不正確な部分があることをお断りしておきます.

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数学月間だより

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数学月間SGK通信 [2015.06.23] No.069
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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◆数学と諸科学・産業技術との連携
日本学術会議シンポジウム,“礎(いしずえ)の学問:数学
-数学研究と諸科学・産業技術との連携”-が,日本数学会,
日本学術会議数学委員会の主催で,2006.05.17に開催された.
このシンポジウムの狙いは,先端数学研究と異分野
(社会,医学,諸科学,産業など)との連携研究の拠点づくりにある.
その後数回の成果報告会がもたれ,直近では
“数学は世界を変えられるか?「忘れられた科学:数学」から10年
-数学イノベーションの現状と未来”が,2015.04.16に開催された.
異分野の課題の中に,数学が適用できるニーズや,
新しい数学が生れるシーズを発見できるかも知れないのだが,
数学者側から積極的に異分野の課題を理解し,課題の数学的命題化に
力を貸すことが必要だとの意見が出ている.
現実の課題から数学の命題を抽出する所が一番難しいのであり,
数学者はこの段階にも積極的に関与すべきである.

◆数学月間テーマから見る数理科学のトレンド
数学月間は,数学の価値を社会が知ると同時に,
社会からの要請を数学側が知る機会でもある.
国内外の数学月間テーマのトレンドを見ると,ビッグデータや統計学,
複雑系や非線形,モデリングやシミュレーションの話題が増加した.
これらはすべてコンピュータを駆使した数値計算によって
可能になった分野である.具体例を2つ紹介する:
(1)エネルギーの保存される系は,オイラー-ラグランジュ方程式を
立てることができるのだが,一般にはこれは解けない.
物理演習で学んだものは,線形近似で解けるようにしたものだった.
そして,解けない一般の場合にも解の挙動は似たものだろうと想像していた.
しかし,これがだいぶ違う.1900年ポアンカレは,
独立な因果列からなる可積分の方程式はわずかで,
大部分の方程式は非可積分(干渉し合う因果列)であると警鐘をならした.
明日の一つの出来事には,今日の全ての出来事が反映される
-遠方の地で過去に起きた蝶の羽ばたきが,
この地の明日の大風を引き起こす要因になり得る「バタフライ・エフェクト」
の世界である.初期パラメータのわずかな違いで分岐が起きカオスが生じる.
これらは方程式を積分して関数で書き表すことは不可能だが,
コンピュータを用いた数値計算で現象の追跡が可能である.
モデリングとシミュレーションにより現実現象を理解する
「現象数理科学」がさまざまな分野で盛んである.

(2)アモルファス(ガラス)物質の記述にトポロジーが登場した.
結晶は周期的な構造であるので,並進群を核とする準同型写像で
無限に広がる空間を単位胞の中に還元でき記述は簡単である.
アモルファス材料は均一ではあるが周期性はないので
多数の原子を全部記述せねばならず困難である.
アモルファス材料の記述は,古くは動径分布関数による統計的記述であった.
しかし,この記述では,特性の大きく異なるアモルファス構造でも,
同様な動径分布関数を与えてしまう.
そこで,アモルファス構造を特徴づけるいくつかのトポロジー量の定義が
導入された.ガラス構造のネットワーク中に,何員環がどれだけ存在するとか,
ベッチ数や連結数などの特性量,さらにパーシステントホモロジー群
の計算がなされている,これにより詳細なアモルファス構造の記述ができる.
これらのトポロジー量は,大きな原子数のアモルファス構造モデルで,
シミュレーションにより決定された全原子の座標値のビッグデータを
土台にして導出される.

◆市民のための数学月間
完成された抽象的な数学は,取りつき難くそびえる巨大な山脈だ.
身の回りの課題にどのような数学概念が使われているかを具体的に知ると,
数学学習へのモチベーションが高まる.
欧米は日本に比べこのような啓蒙活動がとても充実している.
多くの数学者が,他の領域の科学者と共同研究をしているのは
日本も同様であるが.英国では数学研究の大学生を学校に派遣し,
研究内容を説明させる(大使計画).これは日本もぜひ見習ってほしい活動だ.
当協会の「数学月間」活動のような一般への啓蒙活動は,
成果が不明確なため国家的なプロジェクトから放置される傾向にある.
そして,危機意識のある数学愛好者によってボランテア・ベースの活動が
行われているのが現状である.

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