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美術・図工 美しい図形と不思議な空間・続

東京ジャーミイの礼拝ホール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 

 

 祭壇の方向(西)に向かって礼拝

東京ジャーミイは,東京,代々木上原にあります.トルコ文化センターも併設されています.
この地には,昔,ロシアカザン州から避難したトルコ人によりモスクが建てられていました.
私の子供の頃,近隣の者は「マジスト寺院」と呼んでいた風情のあるモスクでした.
老朽化のため1986年に取り壊され,東京トルコ人協会の人々が中心になり,
東京ジャーミイの建設が1998年から始まり2000年に完成しました.
トルコから送られた資材を用い,オスマントルコ様式で設計され,2階の礼拝場のドームが印象的です.仕上げにはトルコ人建築家や職人が100人もかかったそうです.
毎日礼拝が行われコーランの声が流れます.特に金曜日には300人以上のイスラムの人々が礼拝に訪れます.皆,西に向かって絨毯にすわり礼拝します.ステンドガラスに西日が入ると,青い光線が,青緑色のカーペットに重なり,とても美しい光で溢れます.
イスラム教は偶像崇拝をしません.幾何学的な完璧な規則で描かれた模様が
宇宙を作った神の原理を思わせるのでしょう.
スペイン,グラナダのアルハンブラ宮殿の,さまざまな幾何学的な繰り返し模様を
表現したタイルは美しいので有名ですが,ここ東京ジャーミイも東アジアでもっとも美しいモスクと言われます.ここで見られるいくつかの幾何学模様を取り上げ鑑賞しましょう.

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美術・図工 美しい図形と不思議な空間

説教壇

 

 
東京ジャーミイ(代々木上原,東京)にある装飾です.写真左Fig.1は説教壇の横にある装飾です.写真右Fig.2はステンドグラスです.
どちらも複雑な図形ですが美しい.
これらの図形の構成を調べて見ましょう.

 

 

 


  Fig.1                 Fig.2 
■Fig.1の図形の構成を,以下のFIg.3で説明します.
Fig.3の一番左は辺の長さが黄金比の2等辺三角形です.
つまり底辺を1とすると,等しい2辺は1.618...,頂角は36°,両底角は72°です.
真ん中の図は,正5角形の中にできる星形で,
星の頂角は黄金比の三角形にでてくる頂角36°と同じです.
一番右の図は,この星型とこの星型を180°回転したものを重ね合わせたものです.
東京ジャーミイの美しい図形Fig.1には,星形を2つ重ね合わせたものが中心にあることに,お気づきでしょうか.

 

 

 

Fig.3

 

 


Q:星形をこのように重ね合わせた図形の対称性は?
A:まず,星形の対称性は.点群5mです(5は5回回転対称軸,mは鏡映面).
2回回転対称軸2が生じるように重ね合わせたので,
重ね合わせた星形の対称性は,結局,2⊗5m=10mmの点群になります.
あるいは,星形の点群5mを「法」にすると,10回回転操作(36°の回転)は
{1,10(mod5m)}のような,位数2の対称操作として理解できます.
注)数学の言葉を使うと,次のように表現されます.
点群10mmは,点群5m(これは点群10mm内の正規部分群)を核として,
群{1,10(mod5m)}に準同型.
この考え方は,奇妙なもので,36°回転を2回続けると元の星形に重なるから
これを振り出しに戻ったと見なすと,我々の3次元ユークリッド空間では
360°回転しないと元に戻らないのに,この奇妙な空間では,
2x36°=72°回転すると元に戻ることになります.
■Fig.2のステンドグラス窓の模様は,繰り返し模様の一部です.
この繰り返し模様をFig.5に再現してみました.

 

 

 

 

 

 


       Fig.4             Fig.5

「正5角形と180°回転した正5角形を重ね合わせた」星型パーツ(点群10mm)を内角が108°と72°の菱形を単位胞とする格子に配置して(Fig.4)繰り返し模様を作ります(Fig.5)です.
この菱形格子は正6角形(正3角形)のように見えますが,
上下の方向が左右の方向に比べてすこし長く,歪んでいます.
正5角形や正10角形(どちらも最低でも5回対称性がある)を周期的に並べることは不可能ですから,5回対称性が全域で支配するような格子はできません.「正5角形とその180°回転したものを重ね合わせた」星型パーツの対称性(10mm)は,そのパーツの内部だけを支配する(局所的)ものです.
この繰り返し模様の対称性(平面群)には,2回軸と水平および垂直に鏡映面があり,記号でいうとP2mmの対称性です.

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電力の自給自足を目指す

■電力を遠方の原子力発電所の様な大規模施設で発電し,消費地に送電するのは無駄ではないでしょうか.それぞれの地域で発電し消費する(地産地消)「分散型」がこれからの合理的なシステムです.遠距離送電も原子力発電も止めましょう.家庭の屋根で太陽光発電しても,100V交流に変換して東電に売っていたのでは,原子力発電の電力の一部とされ,現在の課金システムの枠内です.将来目指すべきシステムの姿は,大規模な送電網から独立した電気エネルギーの自給自足です.
皆さんの家電で必要となる電気の質を考えて見ましょう.ラジオ,TV,パソコン,携帯,発光ダイオード,...これらはどれも,直流(5V,9V,12V,15V,19V,24Vなど)で動くものです.交流100Vのコンセントから使うために,わざわざそれぞれACアダプターが付属し,アダプターだらけで嫌になります.掃除機や工具の様なモーターを使うものでも電池で働きますし,冷蔵庫やエアコンも車載では,12V(あるいは24V)のバッテリーで動かしているではありませんか.交流100Vはいらないということになりませんか.低電圧直流用の家電は,需要が出れば生産できます.その他,各種ヒータや湯沸かしなどは,電気で加熱する必要もありません.目的に合った電気以外のエネルギーもさまざまあります.何でも電気でやろうとするのは止めましょう.
■さて,皆さんの家庭に送電される電気は,ほとんどが,100Vの交流です.電気が送られてくる2本の電線の一方は接地されていてほとんど0V,電線の他方の電位は,±100V(正確には±141V)の間で周期的に変動(sin波の形)しています.その周波数は50Hz(東日本),あるいは60Hz(西日本)です.さわると感電し危険な方は,±100Vで周期的に変動している方です.家庭のコンセントを観察すると,コンセントのプラグの挿入口の切れ込みの長さに違いがあるでしょう.切れ込みの長い方が接地側.こちらを触っても感電しません(電気工事がJIS規格通りに正しく実施されていればの話です).直流は,電圧の周期的変化のない電気で,電池からの電気はその例です.
■エジソンがアメリカ合衆国で電気事業を始めた頃(1880年代),発電所でできた電気を送電するのに直流が良いか交流が良いかの議論がありました.エジソンが直流送電(DC),それに対して,ウエスティングハウスとニコラ・テスラが交流送電(AC)を主張しました.直流送電/交流送電のどちらにも長所・短所があります.例えば,交流は,トランスで変圧できる利点がありますが,表皮効果で電線表面ばかりに電流が集まり電線内部が無駄になる欠点もあります.結局,エジソンの直流送電方式で,アメリカ合衆国の電力事業が始まりましたが,1888年の大寒波のときにニューヨークでは,雪の重みで直流電力送電網が崩壊するなどの事件がありました.ナイヤガラ発電プロジェクトでは,GE社+エジソンに対し,ウエスチングハウス社+テスラが契約を勝ち取り.バッファロー工業地帯への交流送電が1896年に開始されました.現在まで,直流送電/交流送電のどちらも,世界各地でそれぞれに実用化されています.電車では架線に直流を送電しているのはご存知でしょう.
■しかしながら,発電および送電の主流は,現在では交流です.
電力は電圧Vと電流Iの積V・Iですから,同じ電力を送るにも,電圧を高くすれば電流を小さくできます.送電線での発熱による損失は,電線の抵抗をRとすると,R・I^2ですから,電流の2乗に比例し,電流が小さいと損失が減ります.従って,高圧送電方式が採用されています.高圧送電のときは交流送電の方が有利なのは,トランスにより容易に変圧できるからです.
■ここで,立ち止まって現状を見てみましょう.現代は半導体技術の発展により,直流のままでの変圧(DC-DCコンバータ)は容易です.変圧原理は,ACを介することには変わりないのですが,半導体内部で昇圧も降圧も容易にできます.需要のある電力も低電圧の直流になりました.真空管から半導体に,ブラウン管からLCDに,白熱電球からLEDに変ったのです.消費する電力も桁違いに低下し,高電圧でもなくなりました.そのため,太陽光パネルで発電した低電圧の直流電力を,送電せずにそのまま消費することが出来そうです.ただし,このためには鉛畜電池などの2次電池の用意が新たに必要となります.
■私は今,12Vの「ディープサイクル鉛蓄電池」(32Ah)と太陽光パネル(50W級の小型のもの)を用いて検証実験中です.この実験程度の電池(1万円以内)の蓄電量ですと,300W×1時間程度の電気量の貯えしかできません.LED照明などは,たいして電力を消費しませんが,冷蔵庫は1時間40W,冷房は1時間90W程度の電力を消費します.太陽光で発電できない夜間は,電池に蓄えられた電力を使いますから,何を何時間動かすか節約を考えましょう.そうでないと,際限なく電池の容量を増設することになります.DC-DCコンバータによる直流出力(5V,19V,24Vとバッテリ-直結の12V),および,DC-ACコンバータによるAC100Vが利用可能です.使用機器に合わせた1度の変圧は避けられませんが,コンバータの効率は90%以上なのでロスは最小限です.昇圧と交流化後にAC100Vの東電の送電線に上げ,AC100Vの送電線から機器に必要な低圧直流に再度変換する2度手間と比べるとロスがありません.

日刊ベリタ(2017.01.09)に掲載

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アラビア数学奇譚より

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数学月間SGK通信 [2017.01.03] No.148
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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皆様,新年おめでとうございます.こちらは晴天に恵まれたとてもよいお正月でした.
良い年であることを祈ります.今年は,ゴミ屋敷状態だった私の部屋から,
書類ファイルや文献コピーファイルなどを,不要なものを捨て,必要なものを選んで搬出しました.
何も正月にやりたくなかったのですが,皆が留守のときでないとできないので,
31日,1日,2日と突貫工事的に働きました.まるでブラック企業の社員のようです.
毎日こんな仕事をやらされたら体がもちません.
重い段ボールを持ち上げて運び,ちょっとまた腰痛が心配です.予定通り2日の夕方に一応けりをつけました.
今年はまだ街にも,神社にも行っていません.異例な年の始まりでしたが,良い年にしたいものです.
ですから,私にとっては明日が元旦というこにします.
正月ですので,「アラビア数学奇譚(白揚社)」から,軽い問題です.お考えください.

■(第3話より)
「あっしらは兄弟なんですがね.ここにいる35頭のらくだを遺産として3人で相続したんでさ.
で,おやじの遺言によれば,半分があっしのもん,3分の1が弟のハメド,9分の1が末のハリムのもんなんです.
とはいうものの,どう分けりゃいいのか,さっぱりわからねえんで」
35頭の1/2も,1/3も,1/9も割り切れません.
この問題に出会った数え人(ベレミズ)は,友人と一緒に,
1頭のらくだでバクダットに向って砂漠の旅の途中でした.
うまく解決したベレミズは自分のらくだ1頭を手に入れることになります.....
さて,どうしたのでしょうか?
(コメント)3人合わせても残ります.1-(8.5/9)=0.5/9=2/36

■(第28話より)
2,025ですが,ちゃんと計算すれば平方根が45であることがわかります.
つまり,45x45は2,025ということです.ところで,45は2,025をまんなかで分けた2組の数字,20と25の合計でもあります.
同じことが3,025でも起こります.この平方根は55です.
55は3,025を2つに分けた30と25の和でもあるのです.同じことは9,801についても言えます.
平方根は99,つまり,98+1なのです.
これら3つの例から,不注意な数学者は次のような規則があると考えてしまうかもしれません.
4桁の数字の平方根は,4桁の数字をまんなかから左右に分けた2組の数をたしたものである,と.
明らかに誤りであるこの法則は,3つの実例から導き出されました.
数学では,単なる観察だけでは真実に到達できません.
ことに,こうした誤った推論を避けるように注意を払う必要があります.
(コメント)99まであっても,100回目で違えば正しくありません.証明するとは,そのようなことが起きないことです.

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真実への道すじ(アラビア数学奇譚,第28話より)

2,025ですが,ちゃんと計算すれば平方根が45であることがわかります.つまり,45x45は2,025ということです.ところで,45は2,025をまんなかで分けた2組の数字,20と25の合計でもあります.同じことが3,025でも起こります.この平方根は55です.55は3,025を2つに分けた30と25の和でもあるのです.同じことは9,801についても言えます.平方根は99,つまり,98+1なのです.これら3つの例から,不注意な数学者は次のような規則があると考えてしまうかもしれません.
4桁の数字の平方根は,4桁の数字をまんなかから左右に分けた2組の数をたしたものである,と.
明らかに誤りであるこの法則は,3つの実例から導き出されました.数学では,単なる観察だけでは真実に到達できません.ことに,こうした誤った推論を避けるように注意を払う必要があります.

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年末ご挨拶

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数学月間SGK通信 [2016.12.27] No.147
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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今年も残りわずかになりました.私の方は何もかにも来年に持ち越しで,毎日バタバタと過ごしておます.
まっだく,まだ年賀状に取り組む雰囲気になりません.
皆様の年末の日々は如何でしょうか.皆様にとって来年は良い年でありますように.
先週の20日は久しぶりの放射光実験で,名古屋を日帰りし大変疲れました.今日26日はこのデータの検討会がありました.
そして,明27日は,ユーロスペースで上映されているアニメ「算法少女」を見に行く予定です.
このアニメの上映期間は,24日~28日ですので,明日,明後日の内に見なければなりません.
http://sampo-shojo.oops.jp/index.html 
遠藤寛子さんの「算法少女」,ちくま学芸文庫は,大変すがすがしい物語です.皆様もご覧になることをお勧めします.

■さて,今年も色々なことがありました.以下は,日刊ベリタ(2016.12.23)に掲載したものです
安倍晋三首相とプーチン大統領の会談は2日間にわたって行われ,12月16日夕方に共同記者会見が行われました.
内容のない会見でしたが40分にわたり,安倍首相がプーチン大統領をファーストネームで「ウラジーミル」と何度も呼びかけ,
「君(きみ)」という呼びかけも使いました.
http://www.j-cast.com/2016/12/16286354.html によると,
「プーチン大統領、ウラジーミル。ようこそ日本へ。日本国民を代表して君を歓迎したいと思います。
私が2013年にモスクワを訪れた時に、出来るだけ頻繁に会談を重ねようと、君と約束をしました」と切り出し,
結局,安倍首相は発言の中で,「ウラジーミル」を5回,「君(きみ)」を3回使ったといいます.
質疑応答でも,5回「ウラジーミル」と口にしたということです.
■日本語の感覚では,とても失礼な感じがします.
そして,これはロシア語としても中途半端で気持ちの悪い感じがします.
「ウラジーミル」といったら,父称まで続けるのが普通です.「ウラジーミル・ウラジーミロビッチ」です.
プーチンの場合は,お父さんの名前も「ウラジーミル」です.
あるいはもっと親しければ,愛称の「ヴォロージャ」と呼ぶべきでしょう.
安倍さんは,ドストエフスキーなどのロシアの小説を読んだことがないのだろうか?
■日本国民向けに,「やっている振り」や「親密さのアピール」を企んだことでしょうが,
見え見えで違和感があります.プーチンが「晋三」と返事をしたわけでなく.全く噛み合いませんでした.
だいたい,個人的信頼関係で国策を決められても困ります.
トップの個人プレーで何かするのは,全くの議会軽視.国会無視の姿勢の表れであります.
よく考えると「ウラジーミル」て怖い名前ですね「世界を支配する」という意味です
(「ウラジオストーク」は「東方を支配する」です).安倍さんはそんな言葉を連呼したことになります.
参考までに,これが噂のプーチンカレンダー,私の部屋につるしてあります.
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/556223/62/17813962/img_0_m?1481887010

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今日の放射光実験

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数学月間SGK通信 [2016.12.20] No.146
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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本日(12月20日)は,放射光を用いた毛髪の蛍光X線分析に参加しています.
私にとっては,十年ぶりの放射光実験です.
励起X線ビーム(20keV)で毛髪を照射すると,毛髪に含まれているほとんどの原子の(原子核に捉えられている
1番内側の電子)K殻電子を,原子から飛び出させることができます.
こうしてできたK殻電子の空孔に,外側の電子(高いエネルギーのL殻やM殻)が落ちてきて埋め,安定な原子になりますが,
このとき放出されるX線が蛍光X線で,そのエネルギーは元素によって決まっています.
これが蛍光X線で元素分析ができる原理です.
この蛍光X線の測定で,観測されるバックグラウンドに影響する現象を,
ここで,数式に頼らず平易に解説してみようと思います.
■X線は電磁波
X線は周波数の高い(エネルギーの大きい)光(電磁波)です.eVというエネルギーの単位で表すと,
可視光線は,1.6eV(赤)~3.2eV(紫)の程度ですが,今日,私が実験で使うX線は20keVです.
■弾性散乱
物質をこのX線ビームで照らすと,どんなことが起こるでしょうか?物質は原子が集まってできており,
1つの原子は,原子核とその周りのいくつかの電子からなります.電磁波の電場は+-が入れ替わる振動電場です.
水平に飛んで来る放射光ビームの電場は,水平面内で振動しています(水平偏波).
その周波数は,20keVのエネルギーですと4.8x10^18ヘルツです.
この振動電場のなかに置かれた原子の電子も,電場の周波数と同じ周波数で振動します.
原子の内部が分極し双極子となり,これが+-振動する.振動する双極子は,電波の源になり,同じ周波数の電磁波を出します.
これをX線の散乱といいます.電線を張って,高周波の電流を流すと,電線に垂直な方向に電波が飛んで行きます.
これをダイポール(双極子)アンテナと言いますが,原子の1つ1つが小さなダイポールアンテナになるわけです.
物質に入って来るビームと散乱されていくビームのなす角度χを散乱角と言いますが,
散乱角0°や180°の方向(アンテナの腹に垂直)に強い散乱があり,
散乱角90°の方向(アンテナの先端方向)にはほとんど散乱されません.
電磁波の強度は振幅の2乗に比例しますから,入射波の電場ベクトルと散乱波の電場ベクトルの内積の2乗(cosχ)^2が,
散乱波強度の大雑把な方位依存性を決め,これを偏光因子と言います.
1つの原子には原子番号だけの複数の電子がありますから,原子によってその散乱能力が異なります.
電子のたくさんある原子の方が強く散乱を起こします.
ある原子により散乱角χの方向に散乱されるX線の散乱強度は散乱振幅の2乗で,
ボルン近似で求めた散乱振幅は,その原子の電子分布密度のFourier変換になっています.
実験では,散乱X線がほとんど消える水平面内で散乱角χ=90°の位置に検出器を置きます.
ここまでの説明は散乱によりX線のエネルギーが変化しない(いわゆる弾性散乱)についてでした.
■コンプトン散乱
X線のエネルギーが変化する非弾性散乱で重要なのは,コンプトン散乱と呼ばれるものです.
これは,入射するX線のエネルギーの一部が電子の運動に渡され,散乱されるX線のエネルギーが減少する散乱です.
散乱の前後で,エネルギー保存則と,運動量の保存則が成り立ちます.計算すると,
散乱角が0°ではX線のエネルギー損失はありませんが,散乱角が大きいほどエネルギー損失は大きく,
散乱角χ=90°では,入射光20keVの場合,0.754keVの損失になることがわかります.
コンプトン散乱を考慮してバックグラウンドの理論値を見積もることができます.

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数学ソフトウエアの進化が著しい

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数学月間SGK通信 [2016.12.13] No.145
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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Mathematicaという数学,情報処理ソフトウエアがあります.価格は高いが定評のある大変優れたソフトウエアです.
ウルフラムWolfram reseach Inc.がコンファレンスを東京で開催(12月12日)しましたので参加して来ました.
Mathematicaは,今年の8月にversion11がリリースされました.
mathematicaは,version8まではいわゆる数式処理のソフトウエアでしたが,
version9あたりからAI(人工知能)のようなソフトウエアに変貌しています.
このソフトの創始者で最高経営責任者のstephen Wolframは,世界中のあらゆるデータを計算し尽くすと豪語しています.
wolfram alphaというウエブサイトhttps://www.wolframalpha.com/をご覧になったことがありますか?
ここのinput boxにどんなことを書き込んでも,AIがそれを理解し適切な答えを返してくるのです.
もし,数式や方程式を書けば,それを解いたりグラフで可視化表示したりします.これくらいは驚きませんね.
しかし,入力するものが数式でなくて,imageや音声ファイルや,地図や,キ-ワードや,その他なんでも,
コンピュータが解釈し答えを返してきます.ただし,無料のウエブサービスですから,
計算時間に制限があり時間切れを知らせてくることはあります.AI技術の進歩には驚くばかりです.
測定した色々な生データを入れると,何も知らなくても論文ができて出て来るという時代が到来
しているというと一寸大げさですが,そのような感があります.
■数学の教育にMathematicaを用いる動きもあります.研究や大学の授業では用いていますが,
高校の数1から数3までの教程があるそうです.計算はコンピュータにやらせるわけですから,
パラメータを色々変えて傾向をみたり,不動点を発見したりなどの面白い教育的な使い方があるでしょう.
しかし,私たちが高校時代に味わった,因数分解がうまく行ったときの喜びや,
補助線一本を発見して幾何が解けたときの喜びはもうないでしょうね.
基礎理論を知らなくてもうまく行ってしまうのにも不安を感じます.
コンピュータがないと簡単な積分もできないということにならないように.
そして,数式処理の大変高度な能力が手に入りますからこれをうまく利用しましょう.
美しいグラフィックは理解を助けるし,出力を3Dプリンターにつなぎ,3次元の物体として出すこともできる時代です.
■AIは,多層のニューラルネットワークの学習機能を持っていてトレイニング(教師付き)させると,
データの識別(それが特定できる確率が示される)や診断結果のクラス分けができます.
データから傾向の予測をしたりもします.
■東京慈恵会医科大学の関根宏氏は,ビッグバンモデルに基づき増殖する腫瘍に対する放射線治療の話をしました.
がんというのは自律的な増殖と転移をするものだそうです.がんに放射線を照射するとがん細胞が減っていきます.
臨床例はがん細胞にガンマ線照射を60Gy/30回/6週などです.何回に分けてどのくらいの期間に照射すると効果的か,
照射の仕方と再発の有無をGLQモデル(照射パラメータ2つがあり,照射で指数関数的にがん細胞が減るモデル)により,
シミュレーションしている.ただし,最近の研究ではがん幹細胞があり,
ここを攻撃しないとがん細胞は死なないという説があるそうだ.

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がん登録と数学の役割

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数学月間SGK通信 [2016.12.06] No.144
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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数学月間は,数学同好者のためでもないし数学の講習会でもありません.
<数学と社会の架け橋>を目指しています.毎年,数学月間の初日7/22(これは,22/7≒3.14・・・にちなみます)
に懇話会を実施しています.ご参加ください.
今年の「数学月間懇話会」の講演から紹介しましょう.
がん登録の可能性.田渕 健(都立駒込病院,東京都がん登録室)

駒込ピペットは,感染症の避病院であったこの病院の発明(140年前)だそうだ.
今年(2016年)新たにがんと診断される患者は,101万人を超える予測で,98万人(2015年),88万人(2014年)と増加し,
この3年間のがん死亡も,年間37万人程度ですが.増加傾向です.
2014年から,多いがんのランキングや死亡率などが話題になり,がん検診も叫ばれています.
一方,過剰検診の問題もあり,がん検診を増やすことがどれほど有効なのかはわからない.
がん罹患率の統計が整備されると,過去年のがん罹患数のデータを用いて,
今年のがん罹患数を予測したり,次のような質問に答えることができるようになります.
・助かるのか,助からないのか,どのくらいの人が助かるのか?
・同じような病気の人がどのくらいいるのだろうか?
・この病気を治してくれる病院があるのだろうか?
・どんな治療法があるのだろうか? 治療成績に違いがあるのだろうか?
がん登録推進法が,遅ればせながら今年スタートしました(人口統計は,明治に確立している).
がん統計は,データ収集→処理登録→統計解析の流れで行い,
特に,生データからがん登録を行うところが,混沌としていてとても難しい.
これは数学者の仕事なのだが,数学者の参入がないのが問題です.
(注)統計解析は,良いツールソフトがあり実施に問題はない.
具体的には,がん登録の届け出がされていない/複数病院からダブって届けられる/一人で多重がんをもつ,
などの混沌とした状態が生データで,まず,同一性の判定が必要になります.
死亡状況から,届け出がなかったがんを判定発見することも必要です.
病院は電子カルテに変わり,医者が患者の顔を見なくなった弊害に加え.
そのカルテ情報が構造化されておらず,残念ながら統計には役に立たないそうだ.
病気を分類し,がんの定義を満たすリストを作る.そして,いろいろな届け出病名から,がんを特定する.
例えば,肺炎には肺がんが含まれているかもしれない.
心不全というのは死因ではなく,死因の特定には,第1次原因,第2次原因,...,第5次まで見ることが必要とのことだ.
いずれにしろ,生のデータは斯様に混沌としている.同値関係を定義したり,
同値分類したりしてデータの構造化が必要であり,これは数学者の仕事なのです.

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福1メルトダウン原子炉の中

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数学月間SGK通信 [2016.11.29] No.143
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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寒くなりました.皆様お元気でお過ごしでしょうか.
11月27日は,夕方からの雨でどんどん寒くなりましたが,
藤沢,遊行寺の「一ッ火」に参加していました.5時に始まり9時近くまで行われました.
遊行寺に行ったのは初めてです.落語でも,箱根駅伝の中継でも,遊行寺は有名ですね.
会の最後に,大僧正直々に全員(何百人でしょうか,例年より少ないそうです)がお札をいただきました.
その行列の長いこと.大僧正は97才.すごい大声でのお話さすがです.(この方が免許返上で話題になった方ですね).
「一っ火」というのは,本堂のロウソク(それぞれ或るものを象徴して配置され,20~30本位ある)の火を,
複雑な手順(方法や役回りがいろいろ)に法り次々に消して行き真っ暗に...,静寂.十八念仏が始まり,
火口箱に火花鵜を打ち込み,灯明に移されます.再び弥陀と釈迦の光明に照らされた世界が戻ってきます.
念仏は美しい合唱の音楽です.
大きな百目ろうそくの炎は長く伸びて明るい.じっと見ていると,炎はピタッと動かない.
それが突然瞬き始める.また,ピタッとまる.これが周期的に繰り返されます.
この自励振動の機構に感嘆して見入ってしまいました.実に面白い.
近づけた2本のロウソクの瞬きの周期が揃う(協同する)というのは知っていますが,
そもそも,ロウソクの炎の瞬きと,静止が何故繰り返されるのだろうか?どちらの状態も安定でないわけで,
この移り変わりが起こる理由を考え込んでしまったのです.この話題は後日取り上げたいと思います.

今日は,福1の事故原子炉の話をします.
■福1のメルトダウンした2号機のペデスタル(原子炉(圧力)容器を支えるコンクリートの部屋(地階と1階))
の観察を来年1月に実施する計画です.ペデスタルは格納容器(建屋の地階から4階までを含んでいる)の中にありますので,
格納容器のX-6ペネ(貫通窓のこと,ケーブルや配管を通しているが,X-6はコンクリートのメクラ蓋)に穿孔(115Φ)し,
自走式のサソリ型ロボットをいれる.実は,この穿孔の準備のため,X-6ペネの前にある遮蔽ブロックを取り外す工事で,
X-6ペネ周辺にダメージを与え放射能が漏れだし,昨年10月から最近まで,その作業エリアの放射能除去対策に苦闘していた.
いよいよ遮蔽盾に隠れて穿孔作業が始まるが,作業場は高線量のため1日の被曝限度3mSvをすぐ超えるので10分といられない.
3人ぐらいの班で,次々と入れ替わりのリレー作業となる.
計画は観察だけ.その後.どうやってデブリをとりだすか,どこに保管するかなど問題だらけで可能かどうかも危惧される.
(だいたい,燃料プールには,4号機の燃料を入れたままだし)
■現在判明している状態
メルトダウンした福1原発1号機~3号機のデブリの観察
1号機,3号機は,ウエットベントが出来ましたが,建屋は水素爆発しました.
どちらも核燃料はメルトダウンして,ほぼすべてが溶け落ちた可能性が高いと東電も認めています(2014.8.6).
2号機は,ベントに失敗.圧力抑制室が破損し,直接放射性物質をばらまきました.建屋の水素爆発も起きました.
2号機では,メルトダウンした核燃料の70%~100%が圧力容器の底にたまっていることは,
ミュー粒子(宇宙線)を用いた透視で判明しています(2015.3).
同様の透視法で1号機のメルトダウンした核燃料は圧力容器にはとんどなく,
圧力容器から抜け落ちたことがわかります(IRID資料,2016.10.4).
(注1)装荷核燃料の量は,1機あたり約1トンです.
特に,3号機はプルサーマルで,プルトニウムを含むMOX燃料が装荷されていました.

(注2)ミュー粒子(宇宙線)による透過像
宇宙線,ミュー粒子は大気で発生し,一様に振り注ぎます.透過力が強いが,高密度の物質を通過すると減衰するので,
火山の山体のマグマや原子炉の核燃料位置を見ることができます.
ミュー粒子の飛んで来た方向の検出には,
原子核乾板を複数重ねて感光させる方法や,同じ原理ですが,シンチレータバー(1cm角)と呼ばれる棒を並べた面検出器を,
間隔をとって平行に置き,ミュー粒子の軌跡がどのように貫いたか知ります.
シンチレータバーの中心には波長変換ファイバー1mmΦが通っていて,ミュー粒子をとらえた位置のシンチレータの発光を,
可視光の波長に変えてファイバー端面に伝え,ファイバー端面の半導体検出素子に入れます.

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遊星歯車による減速

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数学月間SGK通信 [2016.11.22] No.142
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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ドリルが動かなくなったので,分解しました.こんな減速機構になっています.
グリスの詰め替えをしましょう.
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/70/17750970/img_1_m?1478607599
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/70/17750970/img_2_m?1478607599
表面に見えている3個の歯車(歯数20)の中心にモーターからの回転軸(6枚歯)が入ります.
この3個の歯車は,周囲の円(歯数48)とも接しています.
中心軸(モーターのシャフト)が右回転すると,3個の歯車は左回転し,
この3個の歯車を乗せている台は,周囲の歯に沿って右回転します.
このような機構を遊星歯車と言います.
中心の回転軸が右回りに1回転すると,台は6/48=1/8だけ右回転します.
このドリルでは,このような機構が2段になっている[回転台の中心軸(6枚歯)が,
下段の同様な遊星歯車に回転を伝える]ので,
(1/8)^2=1/64だけ減速することになります.
遊星歯車では入力の回転軸と出力の回転軸は同一線上にあります.

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前号の補足
■今年の米国大統領選の予測はずれ
米大統領選は,1票でも得票が多かった陣営がその州の選挙人を総取りするシステム
(実質的に州が一人区)なので,ゲリマンダー状態を起こし,効率的に票獲得をすれば,
少ない総獲得票数でも,選挙人数で逆転が可能です.そのため事前予測では,
各州の得票数にある少しの不確定さが非線形に増幅され,それらが積み重なる傾向があります.
今回,大方の予想は,クリントンがトランプに選挙人で70人近い差で圧勝と報じました.
しかし,結果は逆でした.ただし,総獲得票数は拮抗(反ってクリントンの方が若干多い)しています.
支持率世論調査の全米平均値では,ほぼ正しく予測したものの,州によっては大きく外れ,
これが獲得選挙人の数の大逆転を起こした原因です.
正しくランダム・サンプリングが出来なかったのは,生産拠点の国外流出で労働者,
黒人層に移動混乱があるミシガン州(すたれたベルト地帯)などで,
その層のサンプルが少なく母集団の構成比が反映されなかったことがあると思われます.
また,ほとんどのメディアが,クリントン支持を意図的に流し,世論誘導をしたので,
これが隠れトランプ支持を生み,正しいサンプリングにならなかったのも原因の一つです.
世論調査には数学的に批判されるべき問題がかなり存在するようです.

(注)ゲリマンダー(wikipediaより引用)
1812年,アメリカ合衆国マサチューセッツ州の当時の知事エルブリッジ・ゲリーが,
自分の所属する政党に有利なように選挙区を区割りした結果,幾つかの選挙区の形が奇妙なものとなった.
そのうちのひとつがサラマンダーの形をしていたことから,ゲリーとサラマンダーを合わせた造語・ゲリマンダーが生まれた.
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/63/The_Gerry-Mander.png/330px-The_Gerry-Mander.png

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トランプ大統領誕生と世論調査

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数学月間SGK通信 [2016.11.15] No.141
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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ドナルト・トランプ大統領が誕生しました.
大方の世論調査でも,期日前投票や投票当日の出口調査でも,ヒラリー・クリントンが優勢でした.
トランプをとんでもない候補だとする,新聞やTVによる刷り込みが激しかったこともあり,
多くの人々がこの逆転結果に驚きました.選挙戦中のメディアの報道は明らかにクリントン支持に偏っていました.
しかし,クリントンは現政権の中枢におり,既成勢力の政治はもうたくさんだとトランプに共感する人々は多かったのです.
今回も外れてしまった世論調査はどれほど信用できるのでしょうか.
選挙直前の世論調査を振り返ってみましょう.
10/29-11/01の期間に行われたワシントンポストとABCテレビによる世論調査は,50州の1,767人を対象とし,
トランプ45%,クリントン47%でした.
同時期のロイターによる世論調査は,1,700人の回答を得て,トランプ39%,クリントン45%だった.
直前11/7のロイター/イプソスの調査は,全米50州とワシントンDCの15,000人に対して行われ,
獲得選挙人を,トランプ235人,クリントン303人と予想しました.
政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると,7日午後時点の支持率は,
トランプ44.3%,クリントン47.2%で,猛追してきたトランプだが,
差は前日の1.8ポイントから2.9ポイントに広がっています.
そして,選挙人獲得見込は,トランプ164人,クリントン203人でした.
調査会社「ファイブサーティエイト」の最終の選挙人獲得予測も,
70人近い差でクリントン圧勝としていました.
大統領選挙の結果は,獲得選挙人数で,トランプはクリントンに60人以上の差をつけましたので,
これらの予測は大きく外れました.しかし,獲得票数は拮抗しています(トランプの方が若干少ない)ので,
予測できたと言えないこともありません.
選挙人に換算するところで,わずかな誤差が積算されるために予測が困難なのです.
(注)アメリカの大統領選挙は,州ごとの集計で獲得票が1票でも上回った候補が,
その州の選挙人を総取りする方式なので,得票数と獲得選挙人の数は比例せず,
場合によっては逆転することもあります.

■世論調査はなぜ外れたのか
世論調査は,有権者全員(母集団)を対象にすべきですが,現実にはこれは不可能なので,
母集団から掬い取ったサンプル集合に対して調査を行います.
サンプル集合が母集団の性質を代表していると見做せるのは,ランダム・サンプリングがなされた場合です.
しかし,これが難しい.サンプル集合に偏りが生じてしまうのが普通です.
これを少しでも避けるために,サンプリングの方法に色々な工夫があります.
母集団を,性質(人口規模,地方性,産業構成,人種,....)が似ている地域(1つの層とする)ごとに層別し
その中でサンプリングします.
各層のサンプルについての調査結果に母集団内での構成比に応じた荷重をかけ結果を得ます.
このとき色々な誤差が入ります.例えば,ある層の人たちの回答が,少ない/多いとか,
あるいは,ある層のサンプリングが過剰になるなどのことが起こります.
これらに対して適切な補正ができればよいのですが実際はなかなか難しい.
もし,サンプル集合が完全なランダム・サンプリングであるならば,話は単純です.
信頼区間95%として,非常に大きい母集団でも,1,600のサンプル数があれば,
最も誤差の大きくなる拮抗状態でも,±2.5%の誤差が保証されます.
今回の世論調査による両者の支持率の差では,この誤差中に入り,まさに拮抗状態です.
実際の得票数もほとんど拮抗しています.
ワシントンポストとABCテレビのサンプリングはうまく行ったといってよいのではないでしょうか.
直前のロイター/イプソスの調査はサンプル数15,000なので,ランダム・サンプリングが正しければ
誤差は±0.8%程度になるはずです.各州ごとにサンプル数と支持率を検証しないとわかりませんが,
全体が大きく外れているのでサンプル集合の偏りが疑われます.
2015年の英国の総選挙の例では,保守党と労働党の票獲得は,予測された「統計的デッドヒート」状態にはならずに,
保守党が労働党に対し7ポイントの優位で下院の多数を勝ち取りました.
世論調査組織が使ったサンプル補集の方法が,労働党有権者を過剰に系統的に集め偏ったサンプル集合だったからです.
適用された統計的補正も働かず予想が外れたのです.
特に,米国大統領選挙の予測では,得票数予測の正確さが要求されます.
一人の差で,獲得選挙人の数が大幅に変わってしまう選挙制度なのですから.
以下で,サンプル集合を偏らせる原因のいくつかを並べてみましょう.
■固定電話の激減
世論調査はRDD(ランダムに選んだ固定電話に行う)方式です.固定電話が対象ですが,
米国でも携帯電話による固定電話の置き換えが進んでいます.
固定電話がつながった場合でも応答に出る確率は以下のように激減しているそうです.
 72%(1980)→81%(2000)→5.5&(2012)→0.9%(2016)
そして,固定電話に応答の確率は,高齢白人女性が若いヒスパニック男性より21倍も高いことや,
生産拠点の国外流出で労働者,黒人層に移動混乱があるミシガン州での固定電話の調査が困難なことなどです.
(Garret M. Graff;WIRED,2016,7による)
■隠れトランプ
いわゆる「隠れトランプ支持者」の存在が調査結果を歪ませ,影響を与えたと言われています.
人種差別者と誤解されたくないので「私はトランプ支持者です」と答えることを躊躇する有権者や,
逆に,ヒラリー支持と言いながら投票に行かない人の存在が考えられます.
多くのメディアが反トランプの立場で報道した反作用として,この影響がでているのでしょう.
日本で,NHKが報じないと信用しないというほど,多くの庶民がTV報道による歪曲を受けています.
世論誘導に利用する調査の数字では困ったものです.
■投票機における不正
実際の投票数の方がゆがめられて予測と合わなくなる場合の話です.
大統領選の本選では,このようなことはなかったと信じますが,
クリントンが勝ち,サンダースが負けた米民主党の5月の予備選挙で不思議なことが起こったようです.
米国の選挙には投票機(90年代に作られそのOSはwindowsCE)が用いられるので,
ROMを差し替えておくと改造プログラムが立ち上がり不正が可能といいます.
5月の予備選挙の後,米スタンフォード大学の大学院生らが,
この選挙でサンダースを不利にクリントンを有利にする不正が行われたとの研究結果を発表しています.
それによると,印字機能がついている投票機が使われている州だけを集計すると,
クリントンの得票率が49%,サンダースの得票率が51%でサンダースの勝ちだったが,
印字機能がついていない投票機の州だけを集計すると,クリントン65%,サンダース35%でクリントンの勝ちだったという.
このことから民主党本部は,印字機能がついていない投票機のROMを細工を施したものに差し替えて,
サンダースに投票した党員の何割かの投票結果をクリントンにすりかえることを実現したのだと推測されています.
(田中宇,2016年10月26日より)
トランプはこのことを受けて,不正が行われたなら自分は負けを受け入れないといったのだが,
クリントン支持の米マスコミに,「トランプは,大統領選の負けを受け入れないひどい候補者だ」
と歪曲キャンペーンに利用されました.

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ペンローズ・タイル張り(2

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数学月間SGK通信 [2016.11.08] No.140
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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前回の予告したペンローズ・タイル張りの後編です.
(2)正5角形のフラクタル配置からペンローズ・タイリングを作る
図をご覧ください
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/07/17050507/img_4_m?1478536819
正5角形の周囲に正5角形を配置し,一回り大きな正5角形
[平面を隙間なく埋められないのでギャップはあります]を作ります.
これを単位とし,さらに一回り大きな正5角形の内に並べます.
このような操作を次々繰り返すと,全平面に広がる正5角形のフラクタル配置ができます.
ギャップがたくさんできますが,気にしないで配置を進めます.
実は,これらのギャップの中も正五角形(白色)で埋めれば,
最終的には,王冠型や星型のギャップのみが残されることになります.
この図には,この操作を3回繰り返したところまで載せました.

この図をよく見ると,2種類のタイル(黄色と青色の菱形)で置き換えて,
隙間なく平面を張り詰めることがわかります.
黄色いタイル(太った菱形),青いタイル(痩せた菱形)の中の
正5角形のフラクタル配置の名残を参考にしてください.
説明図は
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/07/17050507/img_6_m?1478536819

このように置き換えると,よく知られたペンローズ・タイリングと同じであることがわかります.

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/07/17050507/img_5_m?1478536819

ここで作ったペンローズ・タイリングには,中心に5回回転対称が残っていますが,
中心の回転対称を消す配置も可能です.

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ペンローズタイル張り(1)

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数学月間SGK通信 [2016.11.01] No.139
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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ペンローズ・タイル張りのことは,以前に触れたことがあるのですが
面白いがわかりにくいとのコメントもいただいているので,
図も少し変えて,もう一度2回に分けて掲載しようと思います.

ロジャー・ペンローズが考案した(1966)ペンローズ・タイリングは,
2種類のタイルによる規則的ではあるが,周期的ではないタイル張りの一つです.

(1)正10角形から出発して,ペンローズのタイル張りを作る
このタイル張りで用いられているのは2種類のタイル(A型とB型)です.
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/95/17313295/img_6_m?1477918345

二等辺3角形 A型とB型は,正5角形の中にある形で,
それぞれ,等辺と底辺の長さの比が黄金比になっています.
等辺:底辺=Φ:1(A型),あるいは,等辺:底辺=1:Φ(B型),
ただしΦ=1.618・・・

黄金比の3角形は,分割すると,自分自身と同じ型の3角形が含まれている性質があります.
この性質を利用して,A型の3角形(10枚)が作る正10角形から出発して,分割とΦ倍の拡大を繰り返し,
平面全体をA型とB型の2等辺3角形で埋め尽くすことができます.
分割してもΦ倍拡大をするのでタイルの大きさは変わらず,外周の正10角形の形も変わりませんが,
タイルの数はどんどん増えていき,無限の広さを覆いつくします.
タイルの分割が充分進んだときの,AのタイルとBのタイルの個数の比は,
Φ(=1.618・・・):1の黄金比になります.
4番目の図は,3回目の分割と拡大を繰り返した結果です.
この図形で見られる形は,2A(凧型,青色)と2B(矢型,緑色)の2種類のタイルです.
このようにして,ペンローズ・タイリングの一つを得ることができます.
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/568616/95/17313295/img_7_m?1477918345

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毛髪1本でがん検診

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数学月間SGK通信 [2016.10.25] No.138
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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21日の倉吉の地震,お見舞いいたします.しっかりした古い建物が多いし周りに余裕があるので,
浅い直下型の地震にも関わらず死者がなかったのは幸いです.東京は密集しているのでこうは行きません.
崩壊した家や白壁土蔵の町の陳列散乱の様子が報道されていますが,余震はおさまりつつあるようです.
600人の方々が学校などに避難されて居られます.ご無事でありますように.
どこも大地震の発生確率は高まっています.逃げようがありません.
そういいながら原発を再稼働するなんてばかです.

■毛髪1本でがん検診
毛髪は約1cm/月の割合で伸びます.15cmの長さの毛髪ならその中に15か月間の健康状態の記録が残されているはずです.
毛髪中に含まれるいくつかの元素(カルシウム,ストロンチウム,カリウム,ナトリウム,など)の分布状態
(濃度の変化の記録)を調べて,ガン検診(特に乳がん)ができるという新手法を,千川純一先生(ひょうご科学技術創造協会)が,2003年からSPring8で研究を始め,結果を2015年に論文を発表しています.
毛髪1本を抜いて送れば,がんの検診ができるとなると,画期的ですね.この検査の人体への危険は全くありません.
この実用化のために,病院の先生方と協力して多くの臨床例を集め,実証研究を進める段階に来ています.
■測定方法
毛髪1本(直径は100μm程度)に放射光X線を照射し,毛髪のX線照射点から出てくる蛍光X線を観測することで,
その点に含まれる元素を検出することができます.そのとき観測されるバックグランドは,
毛髪母体のタンパクによる散乱X線ですから,蛍光X線のピークの強度P,バックグランド強度Sとして,
そのピークを与えた元素の濃度[X]を,[X]=P/Sと定義すると,この値は毛髪の太さや形状によらない値になり,
濃度指標に使えます.
■放射光X線
SPring-8というのを聞いたことがありますか.姫路にある大きな放射光施設で,周囲1.5kmほどのリング内を電子を走らせます.
正確に言うと電子の軌道は多角形で,偏向磁石のある角で曲げられ,その時強いX線を放射します.
実験室のX線源の輝度を1等星の明るさとすれば,太陽の輝度に相当します.
指向性がよく広がりませんので,スポットに絞って照射できるので,小さい場所の分析に威力を発揮できます.
■イオンチャンネル
細胞外液(血清)から細胞への各種イオンの取り込みは細胞膜のイオンチャンネル開閉で制御されます.
血清から毛根の細胞への各種イオンの取り込みも同様に制御され,毛根細胞に取り込まれた各元素は.
成長して行く毛髪中に記録されて行きます.
細胞にカルシウムが不足すると,副甲状腺ホルモンPTHが分泌されて,
細胞のカルシウムチャンネルが開きカルシウムを細胞に取り込みます.
イオンチャンネル開はデジタル・パルス的(PTHが細胞の受容体に付着するたびにチャンネルが開く)
に行われるそうです.がん細胞からは副甲状腺ホルモン関連タンパクPTHrPが分泌され,
細胞のPTH受容体にPTHの1,500倍も長く滞在するので,カルシウムチャンネルの開閉が阻害されるということです.
■がん判定の仕組み
正常な人は,カルシウムイオンチャンネル開の時は,毛髪中のカルシウム濃度は50(単位は,上記の濃度定義に基づく),
カルシウムイオンチャンネル閉の時は,10です.がんが発生すると分泌されるPTHrPにより,
イオンチャンネル機能が阻害されるために,カルシウム濃度が50と10の中間値を数ケ月かけてゆっくり下降します.
このような変化パターンを検出することにより,初期の乳ガンの発見が他のマーカーより鋭敏にできます.
現在,病院の先生と協力して,検体の数を増加し実証を進める計画が進んでいます.

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送電ケーブル火災と広域停電

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数学月間SGK通信 [2016.11.18] No.137
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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■10月12日,午後3時半ごろ起きた東京都内の停電で,58万戸が停電.都心中心部も停電した.
埼玉県,新座付近の地下送電ケーブルの火災が原因という.
社会インフラは限界ぎりぎりで稼動している状態です.東京の送電ネットワークもその例にもれません.
ネットワークに流入する交流電力を繋ぐには,電圧をそろえるだけではなく,交流の周波数も位相もそろえなければなりません.
つまり,流れ込む交流の山と山が重なるようにタイミングを合わせて合流させる(山と谷が重なったら一瞬で電流が流れて危ない).ネットワークの結合点には,このような調整装置があり,ネットワークを作っています.
このようなネットワークの一部分を切り取って解析しても正しくありません.
予想もしないネットワークの部分から影響が来る可能性があり,ネットワークは全体を解析機する必要があります.
このような性質の系を「複雑系」といいます.
バタフライ・エフェクトというのは,海を隔てた地での蝶の羽ばたきが,明日のこの地の大風に影響を与えるかもしれない.
という極端な比喩ですが,複雑系とはこのようなことが起こり得る世界です.
複雑系のネットワークでは,どこかで起きた些細な事故が引き金となり,
次々と被害が雪崩を打ってネットワーク全体に広がる性質があります.

■些細な事故が,広域の大停電になった例は色々あります:
2003年8月14日,午恨1時42分,米国中西部の独立システム送電網オペレータの1人が異変に気づき,
ルイビルのガスと電気のオペレータに向かって,「おい,どうした?」と問いかけたが,
その2時間半後には,北東合衆国から南東カナダにかけて,5千万人の人々の送電網の電力が失われた.
その3年後の2006年11月4日,夜の9:30に,ドイツの送電網オベレータが,クルーズ・ボード,ノルウェーの真珠号
の安全通行を許すために,Ems川をよぎる1対の配電線の接続を切り,
それから半時間以内に,1千5百万人のヨーロッパ人が暗やみに座ることになった.
日本でも,2006年8月に大規模停電が起きている.
2006年8月14日,午前7時38分(日本時間).旧江戸川を航行中のクレーン船がアームを高圧線に接触させ,
これを切断した.アーム長33mのクレーン船が,現場に到着後すぐに浚渫作業にかかれるように,
曳航中にアームを上げたため,旧江戸川上の高さ16mの位置にある高圧線を破損したためである.
米国の大規模停電は,乾燥した樹木が送電線にふれスパークしたという些細なことが引き金になったのかもしれない.
ドイツや日本の原因は人為的な誤操作である.いずれにしても些細なことがトリガーとなり,
あっという間に事故の連鎖が雪崩を打って広域の大規模停電につながった.

■送電網は複雑系ですから,その部分部分を切り離して見たのでは,正しい理解にはならない.
送電網全体を対象にしなければだめなのでとても面倒だ.
送電網は,何百万という物理的なハードウェア/ソフトウェアと行為者(人間)によって構成されている.
大きな事故の引き金は,ほんの些細なイベントで予測もつかないことから起こる.
今回の火災は,ケーブル周囲被覆の油紙の劣化により,絶縁性能が低下し過大な電流が流れたためと伝えられる.
あるコンポーネントで事故(例えば,送電ケーブルの火災)が起こり,送電線回路のブレーカが落ちる.
そして,そのコンポーネントにかかっていた負荷は,ネットワークの残りを介して直ちに再分配され,
再分配された負荷は別のコンポーネントを過負荷にし,事故に導くかも知れない.
この過程は,雪崩のように繰り返され,広域な大規模停電となる可能性を持っている.
今回は,新座から離れた場所のケーブルにも負荷がかかった形跡があるらしいが,
それ以上の大きな事故雪崩にならずに済んだのは幸運であった.

[日刊ベリタ(10月13日)に掲載した]
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610132037164

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表面だけのスカスカの立体

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数学月間SGK通信 [2016.10.11] No.136
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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表面だけのスカスカの立体は,面がシェルピンスキーのカーペットでできている
メンガーのスポンジが知られています.この図形は穴を開けるたびに,表面積は増加し,
体積は減少するので,質量はゼロで,表面積が∞の不思議な図形です.
メンガーのスポンジの次元は, 2.7268....になります.

■ここでは,正4面体から出発し似たような図形を作って見ましょう.
正8面体の4つの面に正4面体を組み合わせると,2倍の辺長の正4面体ができます.
この手順を繰り返すと,だんだん大きな正4面体ができます.
図1 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/80/17708080/img_0_m?1476098595
図2 http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-09-2d/tanidr/folder/572283/80/17708080/img_1_m?1476098595
この手順を逆にしてみましょう.
正4面体体積を1とすると,正4面体の中にできる正8面体の体積は1/2です.
(Q何故でしょう?)
この正8面体をくり抜くと,正4面体が4つ残り,合計の体積は1/2.
元の正4面体の表面積と,残された4つの正4面体の表面積合計は不変です.
(Q何故でしょう?)
次に,4つの正4面体からそれぞれの正8面体をくり抜くと,
残りの体積がさらに1/2になりますが,表面積はやはり不変です.

■この操作をn回繰り返すと,体積は(1/2)^nになるが,表面積は不変です.
この調子で,無限に操作を繰り返すと,表面積はスタートの正4面体と同じだが,
質量はゼロであるようなスカスカの物体が得られます.
この図形の作り方は,メンガーのスポンジと呼ばれる図形に似ていますが,
質量はゼロになるが表面積は∞にはなりません.
この図形の次元は,2倍の長さのところに4つの1世代前の図形が入るから,
log4/log2=2 で2次元です.

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除外される“外れ値”

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数学月間SGK通信 [2016.10.04] No.135
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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皆様,早いもので10月になりました.昨夜はノーベル賞のニュースが入りました.
大隅さんは,東大,基礎科学科の2期生ということ(私は3期生)で,
消滅した基礎科学科ですが,開拓時の良さに思いが巡ります.

さて,世論調査で無作為で1,000人のデータを得たとして
そのうち有効なサンプル集合に入れられるのはどのくらいでしょうか?
統計処理では都合の悪い点を除外することがよくやられる.
実験測定などでは,明らかな間違いで除外する正当な理由がある場合もあるが,
“外れ値”と称して除外する処理手順の乱発は曲者である.

都合の悪いデータを除外することで,意図的な結論を得ることもできる.
“外れ値”とは正規分布から外れた点で,正規分布から外れた点だから除外してよいとする.
標本(サンプル集合)の平均から,標準偏差の2~3倍離れた点を“外れ値”として除外する.
この点を取り除いたサンプル集合で,さらに“外れ値”があればまたこれを除外する.
こうして続けて行くと都合の悪いものが除外され,
“外れ値”はなくなり正規分布はますます確かになっていく,
大変都合よくもあり恐ろしくもある処理手順である.

サンプル集合の分布は,平均を中心にして釣り鐘型の正規分布とは限りません.
我々は,どうして正規分布の1点でなければいけないのか?
正規分布から外れた点は“外れ値”として除外されねばならないのか?
私はどうしても納得できない.
“外れ値”を除外することを乱発され,正規分布に入っていないと生きていけない.
恐ろしい社会になってしまったものだ.
なにがなんでも正規分布にして済ますのはいやですねぇ.

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キリンのまだら

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数学月間SGK通信 [2016.09.27] No.134
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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早いもので9月も終わりです.皆様いかがお過ごしでしょうか.
台風や雨続きでしたが,秋らしい落ち着いた日々が待ち遠しいですね.
今回の発行は134号です.133号を飛ばしたのは,間違って131号を2回続けたためです.

■平田森三(物理学者,寺田寅彦の弟子)が「キリンのまだら」というエッセイを書きました.
古い本ですが再刊されていますのでご覧になることをお勧めします.
キリンのまだら模様と田んぼのひび割れの形が似ているというのです.
平田は1933年の「科学」に「キリンの斑模様について」の論文を掲載します.
田んぼのひび割れは地面が乾燥して縮むために生じます.
体の成長に皮膚の伸長が追いつかないと皮膚にひび割れができるというのです.
胎児のキリンの成長過程で皮膚にひび割れは生じませんから,
専門外の分野に口を出した平田は動物学者から攻撃されました.
田んぼのひび割れと同じ仕組みで,いろいろな分野のまだら模様ができるということが言いたいのですが,
キリンをアナロジーにしたのがいかにもまずい.メロンの縞模様をアナロジーにすれば,
この理論もまったく正しかったのです.
このような膨張収縮の力で縞模様ができるという現象はたくさんあります.
お餅を焼いたときの表面のひび,パン皮のひび,パン皮状溶岩,皆同じ機構によります.
基板につけた蒸着膜が,時間が経っと膜中の残留応力のために膜が膨張し,
面白い皺模様ができるのを私も経験したことがあります.

■1952年に,アラン・チューリング(英)が”反応拡散波”という考えを出し,
化学反応が波状に進む問題を解決しました.年輪のようなメノウの縞模様も,
周期的な模様ができる化学反応(ジャボチンスキー反応)も,すべてこの理論で説明できます.
キリンのまだらも,その他の動物の皮膚の色々な模様も,
チューリングの方程式のパラメータを変えればすべて再現できます.
だいぶ前のことになりますが,このメルマガでも自励振動の発生について触れたことがありました.
これらの現象は,新しく生まれた複雑系という分野と係わりがあります.

■形が似ているということは,それを抽象化した数式が同じということです.
全然違う分野の現象といえども,そこに働く力をふさわしい概念のものに入れ変え対応させれば,
両者を統一的に理解できるのではないでしょうか.
私が,ギブスの相律とオイラーの定理での”系内部の自由度”
のアナロジーの謎を捨てきれない理由は,そこにあります.
色々な異なる分野の現象を統一して記述できるのは数学の威力でしょう.

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相律と幾何学の類似性

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数学月間SGK通信 [2016.09.20] No.132
<<数学と社会の架け橋=数学月間>>
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突然ですが,化学にGibbsの相律というものがあります.
物質の系(閉じた)を考えます.この系はc個の成分からなりたっています.
例えば,水とアルコールの混合した系なら,成分数は2です.
各成分の状態の数(相の数)をpとします.水とアルコールの混合系の場合は,
それぞれの成分ごとに,気体,液体,の2つの相(場合によっては固体を入れて3つ)があります.

成分数cの系で独立(に変化できる)変数の数はc-1個で,
それぞれにp個の相があるから,(c-1)pの変数があるが,
これ全部が独立なものではありません.
p個の相の間には,p-1個の平衡条件があります.
したがってc(p-1)個の束縛条件が課せられます.
結局,系の自由度fは
f=(c-1)p-c(p-1)+2
第3項に加えた2は,系全体の温度と圧力の2つの独立変数です.
これを計算整理すると
f=c-p+2 ,あるいは f+p-c=2  となります.

何処かで見たことがありませんか.そう,オイラーの多面体定理V+F-E=2
を思わせます.今日,唐突に化学の相律の話をしたのは
この類似性を不思議と感じた十数年前のことが蘇ったからです.
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相律   f-2=c-p
オイラー F-2=E-V (FとVを入れ替えたものは互いに双対なので同じ)
ーーーーーーーーーーーーー
このように並べて,両者の類似性を見ていると,
幾何学的な本質に関係があるような気がしてならないのです.
これは,偶然の一致だと言ってしまえばそれまでです.
それが正しいようでもあります.私も昔,そう結論を下しました.
しかし,まだ考えつかないことがあるような気がしてなりません.
皆さん何か良いアイデアは無いでしょうか?

■考えがまとまりませんので,3成分系の具体例をたたき台に示します.
石英SiO2,橄欖石2MgOSiO2,灰長石CaOAl2O32SiO2の系を例にします.
各成分に,固体,液体の2相があります.今,圧力一定の切り口を考えるとf-1=c-pです.
3成分+液の4相が共存するなら,自由度 f=0
3相が共存するなら f=1(線上を動く)
2相が共存するなら f=2(面上を動く)

融液を冷やしていくと,1,360~1,280℃で,橄欖石の晶出と液組成の変化
(橄欖石+液の共存)すなわちここではf=2.
1,280~1,260℃で,灰長石の晶出と液組成の変化
(橄欖石+灰長石+液の共存),すなわちここではf=1.

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