結晶空間群で数学と物理を学ぼう(全4回) 谷 克彦

第4回:群の表現と性質の対称性

■第4回:群の表現と性質の対称性(2018.03.27)


色々な電子デバイスは,結晶という舞台で起こる電子や光子のパフォーマンスを利用しています.結晶という舞台で観測される性質の対称性には,それが起こる舞台(=結晶)の対称性が反映されているはずです.これは,Pierre Curieの原理(1894)と呼ばれる因果律です.つまり,性質の対称性(点群)をGp,結晶の対称性(点群)をGcrystとすると,Gp⊃Gcrystであります.分子の形(点群)がわかっているとき,その分子振動モードや,分子軌道のエネルギ-準位の縮退の様子を群論を使って知ることができます.その他,ルビーの赤い色は,コランダム結晶構造のAl原子(その位置は,O原子が囲む正8面体場の中心)を,d電子を持つCr原子(Al原子にはd電子はない)が置き換えたとき,正8面体場の中の置かれたd電子軌道の縮退が解け,緑~青(赤の補色)の光の吸収が起こるためです.
このような性質の対称性の解析には,その舞台の対称性を表現する(群の行列表現)手法が必要になります.

◆群の行列表現
有限群の各元に,複素数を成分とする正則行列を対応(準同型写像)させ,群の演算構造を行列の集合の中に再現することを,群の行列表現と言います.f次元行列表現を得るには,互いに1次独立なf個の基底関数が必要です.群の対称操作を基底関数に作用させると,f個の基底関数の線形結合に変換されますが,このときの変換行列が対称操作の表現行列です.このようにして,群の各元を行列で表現すると,固有値・固有関数などの行列の理論が使えるようになります.
任意のn次複素正方行列Aは,適当なn次のユニタリー行列Pによる相似変換P-1APで,固有値が対角上に並んだ上三角行列に変形できます.互いに相似変換にある行列の固有値は同一です.
相似変換で結ばれる表現行列は同値とするので,有限群Gを共役類に類別すると,同じ共役類に属する対称操作の行列表現は同値(相似変換で結ばれている)なので,表現行列を共役類ごとに得ることができます.
◆表現行列の簡約
分子の形(点群)が与えられたとき,分子の振動モードを調べるには,3N次元の変位ベクトル(Nは分子を構成する原子数)を基底にとります.8面体場中のd電子のエネルギー準位の縮退を調べるには,5つあるd電子軌道の波動関数を基底にとります.選んだ基底関数に対して点群要素の行列表現を作ります.得られた行列表現は,一般には可約であり,適当な相似変換により,対角化あるいは対角ブロック化(各ブロックは既約表現)ができます.これを表現行列の簡約といいます.相似変換は,物理的には基底変換で,適当な基底変換で作った新しい基底に対し,群のすべての対称要素の表現行列が,一斉に対角ブロック化します.
固有値に縮退がなければ,1次元の既約表現が並ぶ対角化ですが,縮退があれば,ブロック細胞(2次元以上の既約表現)が現れます.
基底変換して得た新しい基底は,対角化あるいはブロック対角化に対する固有関数であり,ブロック細胞(既約表現の次元数だけ縮退)を張るものごとに分類されました.
(注)表現行列が既約であるとは,いかなる相似変換をしても対角化できないものです.

表現の簡約は,実際には表現行列の対角和である指標を用いて簡単に計算できます.
群の元の表現行列は群の位数だけありますが,同じ類に属する元の表現行列は同値ですから,類の数だけ表現行列があるとも言えます.したがって,表現行列の指標を並べると,類の数だけの次元を持つベクトルの様なものです.
異なる既約表現の指標は直交するので,これを用いると,与えられた表現行列の中に,既約表現がそれぞれ何個含まれるかを,指標の計算だけで容易に知ることができます.
ルビーの例「正8面体場に置かれたd電子」に戻ると,5つのd電子軌道関数を基底にした5次元の表現行列を簡約し,2次元の既約表現Egと3次元の既約表現T2gの対角ブロックが得られます.自由な場では,5重に縮退していたd電子が,8面体場では,2重縮退と3重縮退の2つのエネルギー準位に分離し,このエネルギー準位間の状態遷移で光の吸収が起こることが説明されました.      

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