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志村五郎氏とフェルマーの最終定理

投稿日時: 2019/06/28 システム管理者

竹内淳実さまから、一高玉杯会便りに掲載されている「志村五郎氏とフェルマーの最終定理」の解説記事をいただきました.フェルマーの最終定理は,1995年にアンドリュー・ワイルズによって,「谷山-志村の予想」を証明することで証明されました.「谷山-志村の予想」・・・・一体それは何か?今年の5月3日に亡くなった志村五郎氏とは?有名な数学者らしいが,交流のあった人も少なくなり,このような解説は貴重なのでここに転載させていただきました.
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志村五郎氏とフェルマーの最終定理

                一高玉杯会便り,第192号(令和元年6月27日),編集子
 既報の通り、過日志村五郎氏(昭24理甲一)が逝去されました。追悼文の掲載を企画致しましたが、特に親交のあった方が既に他界されているなどの理由で、適当な執筆者に巡り合えず、編集子が資料を基に記事をまとめました。門外漢でありますので、瑕疵誤謬などないとは言えません。もしありましたならば、ご叱正下さるようお願い致します。
先ずウィキペディアによれば、「志村 五郎( 1930年2月23日 - 2019年5月3日 )は 日本 出身の 数学者。 プリンストン大学名誉教授 。 静岡県浜松市 出身。盟友であった 谷山豊 と取り組んだ「 谷山–志村予想」で楕円曲線の特徴を論述すると フェルマー予想 の解決に貢献し、また、 アーベル多様体 の 虚数乗法論の高次元化、アーベル多様体のモジュライ理論とモジュライに対応するCM体上のアーベル拡大を記述する保型関数を構成し、 志村多様体 論を展開。これによって「 クロネッカーの青春の夢 」の一般化を行った( ヒルベルトの23の問題 における第12問題への貢献)。 フィールズ賞 こそ受賞していないものの、 国際数学者会議 に4度招待講演者として招聘され、 スティール賞 、 コール賞 を受賞した輝かしい経歴を持つ日本を代表する数学者の一人である。 趣味で中国 説話文学 を収集しており、 中国文学 に関して何冊かの著作もある。プリンストン大学の発表によると、2019年5月3日死去、89歳没。」と紹介されて居ります。
ここでは、一般的に有名な「フェルマー予想」の解決への貢献を中心に述べたいと思います。
先ず「フェルマー予想」とは、 フランス の 数学者 ピエール・ド・フェルマー(Pierre de
Fermat、1607年出生。 1665年1月12日 没)が提出した
「3 以上の 自然数 n について、xn + yn = zn となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない」という予想ですが、彼自身による証明は公表されず、長らく証明 も反証もなされませんでした。フェルマーの死後360年経った 1995年 に アンドリュー・ワイルズ によって完全に証明され、「ワイルズの定理」あるいは「フェルマー・ワイルズの定理」とも呼ばれるようになったものです。中学生でも理解できる極めて簡明な形の式ですが、数多くの数学者が挑戦したにも拘わらず、攻略できなかったので、「フェルマーの最終定理(Fermat's Last Theorem)」とも呼ばれます。

 志村氏は、当初から「フェルマーの最終定理」の証明に取り組んだわけではありません。上述の「谷山・志村予想」は、 1955年 9月に 日光 の国際シンポジウムで 谷山豊 氏が提出した2つの「問題」(問題12と問題13)を原型とします。それは、「すべての有理数体上に定義された 楕円曲線 (種数1の非特異な射影代数曲線)は モジュラー (モジュラー群という大きな群についての対称性をもつ上半平面上の複素解析的関数を、モジュラー形式という)である」という主張でありますが、谷山氏自身は若くして自殺したため、1960年代に谷山氏の盟友である 志村五郎 氏によって、代数幾何学的な解釈による正確な定式化がなされ、その後、1967年の ヴェイユ による研究によって広く知られるようになりました。「谷山・志村予想」は未証明の予想だったにも拘わらず、もしもそれが証明されたら何が言えるか、という推測のかたちで、何百もの論文に登場しました。そうして得られた結論は、仮設のまま次々と他の理論に組込まれてゆき、「谷山・志村予想」に依拠する数学はどんどん膨れ上がっていきました。
 志村氏は、「谷山・志村予想」を証明するには至りませんでした。しかし、1984年になって、ゲルハルト・フライという数学者がフェルマーの最終定理が間違っている(n=3以上の整数解がある)と仮定して、xn + yn = zn 式を展開すると、一種の楕円曲線になるが、この曲線が極めて異常で、モジュラー形式にはなり得ないことを予想。このフライの予想を厳密に証明したのが、ケン・リベットという数学者。これによって、フェルマーの最終定理が間違っているなら、谷山・志村予想は間違っている。逆に「谷山・志村予想」が正しければ、「フェルマーの最終定理」は正しいといえることになりました。
前述のアンドリュー・ワイルズは、もともと「フェルマーの最終定理」の解明に強い情熱を持って居り、その目的を達成するために「谷山・志村予想」の証明に取り組みました。そして、7年の歳月を経て、遂に「谷山・志村予想」が正しいことを証明したのでした。そして「フェルマーの最終定理」も見事に証明されました。
 志村氏が自分の予想が証明されたことをはじめて知ったのは、ニューヨーク・タイムズの第一面を見たときでした。友人の谷山氏の自殺から三十五年目のことでした。「谷山・志村予想」が証明されたことは、「フェルマーの最終定理」が証明されたことよりもずっと大きな快挙だとみる専門家も多いそうです。というのも、「谷山・志村予想」が証明されることは、ほかの多くの定理にとってとてつもなく大きな意義があるからです。
 最後に、サイモン・シン著、青木薫訳、「フェルマーの最終定理」からの文章を引用して、この稿を終わります。
“上品で紳士的な志村は、自分の果たした役割が注目されないからといって不愉快な顔をしたりはしない。とはいえ、自分と谷山の名前が、名詞でなく形容詞として扱われることにはひっかかっているようだ。
谷山・志村予想のことは書くのに、谷山と志村については誰も書かないというのは、ずいぶん奇妙なことですね」”
参考文献:サイモン・シン著、青木薫訳、「フェルマーの最終定理」(新潮文庫)
志村氏の著書:
数学
・『 数学をいかに使うか 』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉
・『 数学の好きな人のために 続・数学をいかに使うか 』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉
・『 数学で何が重要か 』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉
・『 数学をいかに教えるか 』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉
文学、その他
・「 論文の書き方を恭しくしよう : 志村五郎氏のお話より 」、 東京大学 、1966年。
・「熊楠の漢文読解力--英文論文翻訳を読んで」『熊楠研究』第4号、 南方熊楠 顕彰会、 田辺 、2002
年3月、 228-232頁。 『熊楠研究』寄稿
・『 中国説話文学とその背景 』 筑摩書房 〈 ちくま学芸文庫 〉
・『 記憶の切繪図 』筑摩書房、2008年6月25日。自伝。志村の関心を反映する「切り絵図」(花、動物
、絵、料理、歌など) 数点を掲載。
・『 中国古典文学私選 凡人と非凡人の物語 』 明徳出版社
・『 鳥のように 』筑摩書房、『記憶の切繪図』の続編